第37話 真相
おびただしい数の鴉に邪魔をされながら、光輝はアズールの猛攻に耐えていた。鴉は隙あらば光輝の体を傷付け、体力を奪っていく。
アズールも鳥たちを味方につけ、炎の攻撃で確実に光輝の力を奪い取っていた。質があったとしても数の力が勝ることを、アズールは知っている。
「くっ」
「ほら、どうした? オレから真相を聞き出すのだろう?」
余裕の笑みを浮かべたアズールは、鷲に命じて一旦鴉たちを戦場から引き上げさせた。空が黒く染まり、月明かりさえ届かなくなる。
その暗闇の中、アズールの青白い炎が輝きを増した。彼は自分の前に大きな炎の輪を描き、言葉を紡ぐ。
「死ねよ。──『
「──っ!?」
輪の中心に巨大な炎の塊が生まれ、それが高速で光輝に向かって飛んでくる。しかもそれは1つではなく、幾つも続け様に生まれ、全てが光輝に殺到した。
ただ待っていれば、果ては消し炭だ。少なくとも、怪我は火傷程度に抑えなければならない。
光輝は剣を握り締め、この危機の突破口を切り開くために叫んだ。ただ無心に、心に浮かんだ言葉を投げ付けるように。
「刻め──『
迫り来る炎の塊に向かって、光輝は飛び込む。
それを見たアズールは、彼が諦め死を選んだのだと勘違いした。ニタリ、と唇の端を引き上げる。
「バカめ。こちらとしては好都合だが」
「バカはお前だろ」
「なっ」
アズールは、光輝が炎に焼かれて死んだと思っていた。しかし、光輝は所々に火傷を負いながらもそこに立っていた。
光輝の頭上で、千切られる様に斬り刻まれた炎の塊が飛散した。爆発音を轟かせ、火の粉にあてられた鴉たちが断末魔の叫び声を上げる。当然だ。鴉たちはアズールの眷属ではなく、眷属である鷲に従っている弱い鴉の魔物なのだから。
「これで、お前の持ち駒は、終わりだろ? あの『狂炎』には、お前の魔力が大量に流し込まれていた。……俺に、あの真相を、教えろ」
熱気を吸い込み焼かれたのか、体の中が痛い。光輝は激しく消耗している自分を感じながら、荒い呼吸を繰り返した。ここで休めるならば、休みたいはずだった。
「俺は、こんなところで、止まるわけにはいかない。――くっ。必ず、黒崎を……華月を取り戻す」
光輝は剣を構えると、崩れそうな足を叱咤する。動けと命じ、唖然としているアズールに向けて切っ先を向けた。
「……教えた上で、そこを、
「何が、お前をそこまで駆り立てる? 他の者たちと同様、何も知らずに生きていればよかったものを」
「何も知らなかったことになんて、するわけないだろう。幼い頃に両親を失い、今もまた、俺の大事な存在を奪われた。……まだ手が届くなら、彼女の手を必ず掴む」
目を閉じなくても、井原に連れ去られた時の華月の顔が浮かぶ。そしてそれ以上に、中庭で抱き締めてしまった時の彼女の表情が光輝を焦らせる。顔を真っ赤に染めて潤んだ瞳をこちらに向けた少女が、光輝の心を確かに変えた。
それまでにも光輝が華月に接近してしまった出来事は幾つもあったが、あの時が最後のきっかけだと今ならばわかった。アズールと戦う中で、自分が懸命になる理由が。
光輝の眼光に気圧され、アズールは青い顔でため息をついた。そして、わかったと呟いた。
「……勇者を殺したのは、オレの部下だ。魔王が新たな世界を求めることを止めたと知った後、オレはその理由を問い詰めた。だが……っ、『あの勇者から故郷を奪うことは出来ない』などとイカれた理由だ」
くだらない。アズールは眉間にしわを寄せた。
「魔族は、誇り高き最強種族だ。オレたちが全世界を支配することで、世界は均衡を保つ。……オレの気持ちを汲んだのか、あいつらの独断か。どちらにしろ、邪魔者は消されたんだよ」
「――そう、か。俺の両親は、お前たちの独裁意識のために殺されたっていうのか」
剣を支える光輝の指に、力が入る。怒りと悲しみと淋しさで、はらわたが煮えくり返る思いがする。しかし喚き散らしたとしても、2人が戻って来ることはない。
「――っ、おおおおおおっ」
光輝は喉の痛みを堪え、地を蹴った。そして剣を振りかざし、アズールを守るように立ち塞がる鷲を両断する。
「ゲッ……?」
「やめ……ぐあぁぁぁぁっ!?」
鷲が消失し、その瞬間にアズールが苦しみ出した。胸元を掴み、悲鳴を上げて崩れ落ちる。
眷属と主人は、運命共同体だ。どちらかが死ねば、もう一方は死なないまでも激痛を伴う。主人が死ねば眷属はやがて野良の魔物に戻るが、幸いにも死んだ眷属は時間が経てば再生して戻って来る。ただし、眷属が戻るまでは魔族は力を行使することが出来なくなるのだが。
気を失い倒れ伏したアズールを見下ろし、光輝はひりつく喉から息を吐き出した。
アズールが倒れた時点で、鴉たちは負けを知ったのか方々に逃げてしまっていない。今この場で立っているのは、光輝1人だった。
「うっ……。はは。息するのも、しんどいな」
焼けた喉は、すぐには戻らない。体中に火傷が散らばり、鴉に傷付けられた傷が痛む。思わず膝をついた光輝だが、よろよろと立ち上がった。
息を吸い、吐き出す。喉を走る痛みが、光輝の正気を保ってくれた。
きっと呼吸が苦しいのは、喉が焼けているせいだけではない。
「必ず、迎えに行く。……華月」
華月と再会したら、彼女の無事を確かめたら、そして3人で日本に戻ったら。光輝はそこまで考えて首を横に振った。今考えるべきは、目の前に立ちはだかるもの全てを倒すことだ。
(二度と、大切なものを奪われはしない。……伝えなければ)
地面を踏み締め、光輝は燃えた門を振り返ることなく城の中へと侵入した。
☾☾☾
普段と変わらない日常。その日、白田
そろそろ息子を幼稚園に迎えに行く時間だろう。望はまいに言って、息子を驚かせようと自分が迎えに行くことを希望した。
「行ってくるよ」
「ええ、お願いね」
居間を出て、望は立ち止まった。体の奥底から、勇者であった頃の感覚が警鐘を鳴らす。このまま外に出てはいけない、と直感が告げた。
望はゆっくりと動き、廊下の脇に置いていた木刀を手に取った。
「まい」
「どうしたの、あなた?」
「……キッチンに隠れて。異変を感じたら、すぐに外に逃げなさい。いいね?」
「何を言って……」
「早く」
望はまいを追いやると、深呼吸をした。
勇者として仕事をしていたのは、ごく若い頃の話だ。今の自分に、その頃と同じ働きを期待することは出来ない。
しかし、妻と息子を守るためならば。
心の奥に眠る、勇者の力の欠片を呼び覚ます。
力のほとんどは、既に息子に渡してしまった。彼の力が目覚めるのはまだ先だが、いつか彼と彼の大切な人を護る力になってくれるだろう。
「……光輝、幸せになれよ」
ダンッと床を蹴る。同時に玄関が外から割り破られ、魔族と魔物が噴き出した。
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