第5章 大切なひと
魔界強襲
第34話 覚悟
体育祭の余韻は薄れ、生徒たちの姿は既にない。光輝は廊下を走り抜け、階段を駆け下りて職員室へと向かった。
職員室に先生の姿はほとんどなかった。それが故意なのかはわからないが、少なくとも光輝には結界の気配が感じられた。
「先生」
「やあ、白田。……何かあったな?」
ギシッと椅子を回転させ、京一郎は光輝と向き合う。光輝は「はい」と答えると、息切れする喉を叱咤して告げる。
「黒崎が、
「ヴェイジア様が。もう、動き始めたということか」
「……先生、ヴェイジアの居場所を教えて下さい。そこに、あいつも囚われているはずですから」
「居場所がわかっても、行き方はわからないだろう? どうやって辿り着くつもりだ」
焦燥を堪えて冷静に振る舞おうとする光輝に、京一郎は問う。魔族でもない光輝が、ヴェイジアの居場所まで行けるとは思えないからだ。
「そうかもしれません。だけど、俺には諦めるという選択肢はありません」
「どうして、そう言い切れる?」
「それは……」
質問を重ねられ、光輝は答えに窮した。しかし立ち止まることは出来ない、と真っ直ぐに京一郎を見詰める。
「……それはあいつが、黒崎が魔族と戦う仲間だから。クラスメイトであり、友だちであり、仲間だから。……大事なやつだから、諦めずに必ず探し出します」
「──欲しい答えではないけど、合格にしておこうか。本当の答えは、本人を目の前にして言って欲しいからね」
「何を言ってるんです?」
「ふふっ。気にしないでくれ」
生真面目な光輝の答えに、京一郎は肩を竦めて苦笑した。光輝は不思議そうに首を傾げるが、京一郎にそれ以上答えるつもりなどない。
京一郎は軽く深呼吸すると、表情を改めた。
「改めて訊こう、白田。ヴェイジア様を、黒崎を追うために魔界へ行く覚悟はあるんだな?」
「はい。必ず、黒崎と一緒に戻って来ます」
「……本当に、きみは真っ直ぐだね」
眩しそうに目を細めた京一郎は、目を閉じて魔族のキョーガとしての姿に変わる。そして光輝の隣に立つと、右の手のひらを開いて前に向けた。
「これから、ここに魔界へ繋がるゲートを開く。それを通れば、きみは魔界へ行くことが出来る。それから僕の推測を元に、ヴェイジア様がいるであろう城の前までは送り届けよう」
「ありがとうございます、先生」
「礼を言うのは、こちらに無事戻って来てからにすることだ。……それに、このゲートには制約がある」
「制約?」
「そう。……僕の魔力では、半永久的に開け続けることは難しい。この職員室の結界保持もあるから、もって明け方までだ」
キョーガの言葉を受け、光輝は壁にかかっている時計を見上げた。現在、午後4時を示している。つまり、タイムリミットは13時間ほどとなる。
それだけの時間があれば、華月を助け出して戻って来ることは出来るだろうか。光輝はとてもではないが、楽観視出来ない。
何故ならば、キョーガの力でヴェイジアの居場所まで行けたとして、簡単に会えるとは思えない。まず、彼女を探すところから始めなければならないだろう。
「――必ず、戻ります」
「わかった。ぼくは君たちを信じて待つよ」
キョーガは目を閉じ、魔族の言葉を口にした。それは呪文となり、職員室に異空間を形成する。光輝とキョーガの前に、真っ黒な扉が現れた。
(この先に、魔界が)
光輝は扉の取っ手に手をかけた。その時、背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「待てよ、白田。……オレも行く」
「赤葉、なのか?」
「そうだけど?」
くすくすと笑う少年は、普段の友也の姿ではなかった。
光輝とキョーガを前にした友也は、肩まで伸ばした金髪と青い瞳を持つ、人とは異なる外見をしていた。更に、彼の背中には白い翼が生えている。
「この姿で会うのは初めてだな。……オレの本当の名は、トリーシヤ。白田の親父の師匠、ルシュリアの弟子だ」
「あの時、同じ場所できみの正体を知った時は驚いたよ」
「ああ。『オレは天使なんです』ってやつですね」
キョーガに肩を竦められ、友也――トリーシヤは笑った。
初めて光輝が魔物との戦いを志願して戦い方を京一郎からレクチャーされていた時、唐突に現れたのが赤葉友也だった。驚き取り繕う光輝に「知ってるから」と言い、自分の正体を明かしたのだ。
「あの時は、2人に暴露して後は誰にも言わないつもりだった。黒崎さんや北園さんにまで言って、混乱させるのも本意じゃないし。ただ白田と黒崎さんを見守って、卒業後に天界に戻るつもりだった。だけど……そんな甘いことは言っていられない」
「魔界の長たる魔王が、限界に近付いているから」
「その通りですよ、先生」
トリーシヤは笑みを消し、翼を消した。これから向かう魔界では、天使の翼は邪魔になる。
「白田。ヴェイジアは、現在最も次代の魔王に近いとされている。しかものんびりとした性格に似合わず野心家で、彼女が魔王となれば天界も侵略される可能性があるんだ。……オレは、それを防ぎたい。勿論、友だちを助けた上でな」
「トリーシヤ」
「オレとお前、2人でお姫様の救出と行こう」
「――ああ」
2人は頷き合い、開け放った扉の向こう側へと駆け出した。
黒い渦の中に吸い込まれるようにして彼らが消えた後、キョーガは少女の気配を感じて彼女を結界内に引き入れた。
「せん、せい?」
「ああ、この姿は初めてだったね。僕はキョーガ。間京一郎は、仮の姿だ」
京一郎の姿に戻り、キョーガは歌子に微笑みかける。わずかに怯える様子を見せていた歌子は、ようやく肩の力を抜いた。
「赤葉くんが、しばらくしたら職員室に入れって。彼の姿が変わった時は驚きましたけど、勇者の息子も魔王の娘も友だちだから、今更信じられないとかないんですよね」
「北園まで、こちらにかかわらせることになってしまったね」
「良いんです。望んだことですから」
京一郎に謝られ、歌子は首を横に振った。非現実的なことは全て真実で、彼女の目の前で起こったことだ。知りたいと願ったのは自分なのだから、後には引けない。
「わたしも待ちます。ここで、3人が帰って来るのを」
「なら、家には連絡を入れておきなさい」
「ここに入る前に、済んでます」
「じゃあ、お茶でも入れようか」
ゲートの扉を一旦閉じ、京一郎は急須と茶葉を手に給湯室へと向かった。彼の表情がわずかに歪んでいることに気付き、歌子は扉を振り返った。
職員室の外から、歌子は光輝たちの話を聞いていたのだ。だから、京一郎が魔力の使い過ぎで疲弊しているのも理解出来た。
「華月、白田くん、赤葉くん。……待ってるからね」
祈るような気持ちで呟き、歌子は京一郎を追った。
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