第30話 静寂に斬る
華月が『黒龍秘法』に目覚め、光輝は若干の焦りと共に大きな興奮を覚えていた。羨望よりも、鼓舞されたと感じる気持ちの方が大きい。
光輝にとって華月は守りたい存在であると共に、隣で戦いたい仲間でもあるのだから。
「──……っ」
目の前に鋭い爪が振り下ろされ、光輝は咄嗟に上半身を仰け反らせて躱す。そのままバク転し、地を蹴ると同時に鴉Aに向かって剣を振りかざす。
「カアッ」
「脇ががら空きだって? それくらい知ってるよ!」
こちらをバカにした鳴き方をして突っ込んで来る双頭の鴉Aに、光輝は剣を振り下ろす。鴉Aは鋼鉄のような
気付いた光輝が剣を引き、嘴は空気を
悔しげに顔を歪め、鴉Aはバサリと羽ばたく。勿論それだけでは終わらず、羽ばたきにより巻き起こされた暴風が吹き荒れ始めた。
「白田くんっ」
「白田!」
「黒崎、先生っ。……くそ、俺だけ狙ってるのか」
鴉Bを倒した華月と、監督役のキョーガ。2人を暴風圏外に置いたまま、鴉Aは光輝だけを狙って風を送り続ける。
少しでも気を抜けば、手にした剣が吹き飛ばされる。そんな危機感を持ちながら、光輝は逆転の目を探す。
暴風に晒され、光輝の服が引き千切れそうなほどはためく。華月は初めて使った『黒龍秘法』の反動で動けないながらも、光輝を手助けするために立ち上がろうとする。
「白田くん……っ」
「黒崎、待ちなさい」
「先生、でも」
「大丈夫。きみの仲間は、そんなにヤワじゃないだろう?」
華月の腕を掴んで首を横に振り、キョーガは笑って指を差した。彼が指す方向に目を向ければ、光輝の真剣な表情が見えた。
どくん、と華月の心臓が音を鳴らす。華月は自分の胸に手をあて、ただ「はい」と頷いた。
「ちっ」
「グァァッ」
鴉Aは隙ありと見るや、猛然と爪や嘴、翼を使って光輝を攻め立てる。光輝の体は瞬く間に傷だらけになり、細かな鮮血が飛ぶ。
しかし、光輝は耐え忍んだ。双頭の鴉はこれまでの魔物よりも強いが、オランジェリーほどではない。その事実が、光輝に慢心ではなく余裕を持たせていた。
「グルル。……ガアァァァァァッ」
一度、二度、三度。どれだけ攻撃しても反撃して来ない光輝に業を煮やし、鴉Aがけたたましい鳴き声を上げた。超音波とも思えるそれを発し、鴉Aはこれで終わりだとでも言いたげにフルスピードで突っ込んできた。
それが、大味の攻撃となっているなど気付かずに。
(相討ちにはしない。ただ、急所を突け……!)
光輝の剣が淡い青色の光を放つ。光輝はそれに気付いたが、意識を鴉Aから外すことはない。
鴉Aとの距離が、数メートルとなった。そして、近付く。数十センチ、数センチ。
(今だ!)
──シャキンッ
勇者の剣が、わずかに動いたように見えた。少なくとも、華月には斬ったようには見えなかった。
しかし、事実は違う。
「ガ? ガガッ……」
「──『
光輝が技の名を呟くと同時に、鴉Aの体が千切れた。
鴉自身も己に何が起きたのかわかっていないのだろう。目を見開き、今まさに襲おうとしていた対象をガラス玉のような目に映した。
静かな目をした光輝が、それを見返し踵を返した。
「なるほど。日本刀の居合いみたいなものだな」
「居合いって、時代劇とかで見る鞘から刀を抜くと同時に斬る、あれですか?」
「そう。白田はそれを剣に応用し、瞬時に斬ることでそれを可能にした。……お前たち2人は、本当に面白い。僕の目は間違っていないようだね」
木の陰で華月を休ませつつ、キョーガが嬉しそうに笑う。
剣を鞘に仕舞ってこちらに戻ってくる光輝を迎え、キョーガは「さあ」と鍛練の終了を告げた。
「そろそろ帰ろう。よくやったね、2人共」
☾☾☾
華月が自室のベッドに倒れ込んだ時、丁度スマホが着信を告げた。夕食も風呂も終えて後は寝るだけだった華月だが、スマホの画面を見て目を見開く。
「白田、くん」
体は疲れていたが、目が覚める。華月はすぐにメッセージアプリを開き、内容に目を通した。
光輝は頻繁ではないが、鍛練後にメッセージをくれる。華月から送ることもあり、互いを気遣う内容が主だ。
今回もそれに似た中身だ。『黒龍秘法』と『静寂』の習得を喜ぶ言葉が短く並ぶ。
華月はそれに「ありがとう」「白田くんも凄かった」と返し、おやすみと打ち込もうとした。しかし、すぐに送られてきたメッセージを見て指が止まる。
『何か悩んでないか?』
『言いにくいならそれでも良いけど、抱え込むなよ。俺も一緒に考えるから』
「なに、これ。泣かせないでよ……」
凍りそうだった心の隙間が、暖かなもので埋められていく。あの心無い言葉よりも、華月のために光輝が送ってくれた言葉の方が、何百倍も破壊力があった。
ぽたり、とスマホの画面に雫が落ちる。それが自分の涙だと気付いた時、華月はにじむ視界に映る画面に、どうにか返事を打ち込んだ。
『ありがとう。明日相談させて』
送ると同時に、顔を枕に埋めた。すぐにピコンッとメッセージ受信のメロディが鳴り、華月はアプリを開く。
『わかった。おやすみ』
短く、たったそれだけの言葉が送られて来ていた。
ほとんどスタンプを使わない光輝とのメッセージのやり取りは、当然ながらほぼ全て自分の言葉になる。だからこそ、自分の気持ちも相手の気持ちも言葉に表すことで初めて伝わるのだ。
ぶっきらぼうなようでいて光輝の言葉の裏に隠れた優しさが、華月の胸に染み渡る。
「……おやすみ」
華月はそれだけ送ると、涙を拭って目を閉じた。
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