第23話 檻からの脱出

 まさか檻の外でキョーガとヴェイジアが再会しているとは知るはずもなく、華月と光輝はオランジェリーの攻撃を躱し続けていた。

 オランジェリーは一人だが、眷属の獅子を連れている。獅子が主の手の届かない場所もカバーするため、ほぼ2対2という状況だ。


「くっ」

「ほらほら、足を止めたら黒焦げになっちゃうよぉ? ぷぷっ」

「……あいつ、腹立つ」


 足下に撃ち付けられた雷を躱した光輝に対し、オランジェリーは余裕綽々で含み笑いをしてくる。それが策だとわかってはいるのだが、こう何度も馬鹿にされると何かやり返してやりたくなるのが人というものだ。

 とはいえ、実力差があるのに暴投するのは脇が甘すぎる。

 光輝は自分に落ち着くよう言い聞かせ、剣を握る手に改めて力を籠めた。


「ガアッ」

「うっ。まけ、ないからっ」

「シャアァァッ」


 一方、華月は光輝と背合わせの位置でオランジェリーの獅子と対峙していた。

 獅子は己の体を雷の塊にして突進してくるのだが、華月はそれに対して有効な対抗手段を出せずにいた。ギリギリで躱すか、黒龍の体を壁にして避けるかのどちらかしか出来ていない。

 攻撃手段を黒龍という形でしか持ち合わせていない華月にとって、1人での戦闘は不利な側面が大きかった。


「きゃっ」


 バチバチバチッ、と獅子が掠った腕に電気が走る。体がびくっと反応し、華月の体は一瞬自由を失った。

 その隙を、オランジェリーが見落とすはずもない。

 オランジェリーは光輝に向かって雷撃を放つと同時に、獅子に向かって指示を飛ばした。


「獅子、カヅキを咥えて放り投げろっ」

「「え」」

「ガゥ。グルル」


 まさかの指示に行動が遅れた華月は黒龍を呼ぶ間もなく、雷を宿した獅子に体を攫われた。

 そして光輝は自分に雷撃が撃ち落されると知った上で、華月に向かって手を伸ばす。オランジェリーがほくそ笑み「ざまぁ」と呟いているとも知らずに。


 オランジェリーが想像していたのは、雷撃に撃たれて黒焦げになる光輝と放り投げられた後に彼女の雷で貫かれて死ぬ華月の姿だ。しかし、オランジェリーの前にはそのどちらもない。


「――がうっ」

「な、なんでよっ」

「……間に合ってよかった」


 オランジェリーが当惑するのも無理はない。彼女が最初に放った雷は光輝が地面に突き立てて置いて行った勇者の盾が避雷針となって受け切っていた。更に華月はと言えば、獅子の口を離れた瞬間に地を蹴っていた光輝に抱き留められていた。獅子の鼻先を踏み、光輝はそれを蹴り飛ばして着地している。


「し、白田くん……」


 驚いたのはオランジェリーだけではない。華月もまた、己の現状を把握し切れていなかった。まさか、自分が今お姫様抱っこされている等と、脳が認識しない。


 ただ顔を真っ赤にして狼狽える華月を地面に降ろし、光輝は苦笑いしてくるりと背を向けた。自分の顔が赤いことを知られたくなかったことと、もう一つ発見したことが理由だった。

 しかし、光輝は一つ見落としている。顔だけではなく耳まで赤いのだから、その事実自体は華月にバレてしまうことを。


「黒崎」

「え? うん」


 いきり立つオランジェリーと獅子に気付かれないよう、光輝は小声で背後にいる華月に話しかけた。華月も状況を理解したのか、頷く気配がする。


「そこから、右斜め上を見てくれ。……小さな穴がないか?」

「右斜め……っ、あるよ。夜空が見える」

「あそこに向かって、オランジェリーたちの攻撃をぶつけたい。それが成し得たら、黒崎の黒龍に乗って2人でここを出るぞ」

「わかった。……でも、どうやってぶつけるの?」

「それは――」

「2人でごちゃごちゃうるっさいのぉ !」


 華月と光輝の間を引き裂くように、稲妻が駆け抜ける。同時に躱した2人の前に、怒りのオーラを背負ったオランジェリーが腕を組んで浮かんでいた。


「いつまでいちゃついてる気? アタシを放置したこと後悔させてやるぅ!」

「いちゃついてなんか……うっ」

「黒崎、やるぞ」


 オランジェリーに言い返そうとするが、華月の腕の傍を雷撃が駆け抜ける。痺れを感じて二の足を踏む華月を鼓舞し、光輝は改めて剣を構えた。

 本当は、光輝自身もオランジェリーの攻撃を躱し損ねて左足に傷を負っている。若干の動きにくさを感じてはいるが、四の五の言っている暇はない。


(動いてくれよ。こんなところで立ち止まれないんだ)


 左足に力を入れると、鈍い痛みが走る。光輝はそれを無視し、真っ向からオランジェリーに飛び掛かった。

 オランジェリーもそれを期待していたのか、ニヤッと笑うと同時に数発の雷撃を放つ。それらを受けても良いと考え、光輝は皮膚が焼ける音を聞きながら剣を振り下ろした。


 ――ガンッ


「ひっ」


 仰向けに倒れたオランジェリーの首筋の傍に、銀の剣が突き刺さっている。少しでも動けば斬るぞ、という光輝の意思表示だ。

 光輝はと言えば、オランジェリーの動きを封じるために彼女の上に覆い被さり、両手を地面に押し付けていた。


 オランジェリーはそれでも余裕を見せ、真っ赤な舌で自分の唇を1舐めした。その仕草が、やけになまめかしい。


「やるじゃない?」

「――はぁ、はぁ。……俺と華月をここから出せ」

「……へぇ」


 オランジェリーの瞳に怪しい光が閃く。その光の意味を、光輝はまだ知らなかった。


「アタシ、アンタに興味持っちゃったかも?」

「――は?」

「だ・か・ら……ふふっ」


 首を全く動かさず、オランジェリーの両手が光輝を抱き締めようとして浮く。戸惑いを浮かべた光輝の背後から金切り声が聞こえなければ、どうなっていただろうか。


「――白田くんッ、避けて!!」

「っ!」


 剣を抜いた光輝がオランジェリーを振り切り跳び退くと、彼がいた場所に獅子が降り立つ。その横に立ち上がったオランジェリーは心底残念そうな顔で舌なめずりをしていた。


「ざーんねん。獅子の爪で串刺しに出来ると思ったのにぃ」

「ま、間に合った……けほっ」

「助かった、黒崎。ありがとな」


 光輝の礼にはにかんで応じた華月は、深呼吸をして息を整えた。そして、本来の目的のために動き出す。


「オランジェリー、まだ勝敗は決まってないよ。絶対に、ここから出てみせるから」

「ふぅん、やってみればぁ? ――この、最大級の攻撃を受け切れたらね」


 オランジェリーが右手を真っ直ぐに挙げ、人差し指を突き出す。するとそこに雷の魔力が集まり、やがて大きな球体に成長する。

 バチバチと火花を散らすそれを、オランジェリーは獅子にぶつけた。


「いっけぇ、獅子。あの2人を炭にしちゃえ!」

「ガアァァッ」


 これまで以上に強大な魔力を纏った獅子が、猛然と光輝と華月に向かって襲い掛かって来た。このままぶつかれば、2人共消し炭になる、その間際。


「黒崎」

「白田くん」


 目配せすると、2人は同時に左右に分かれて跳び退いた。

 2人のいた場所の裏には、巨大な像の形をした丸っこい滑り台があった。この公園の遊具で唯一、この電気の檻に閉じ込められた遊具である。

 象の鼻の部分が滑る場所になっており、獅子は丁度その真ん中を目指して駆けて行く。獅子も驚いたようだが、車と同様に急にはその猛スピードを止められない。


「なっ、獅子!?」

「俺たちの狙いはあれだよ、オランジェリー」

「あれって……穴!? 嘘でしょ、アタシの檻にミスなんてないはずなのに」


 光輝が指差した先にぽっかりと空いた穴。オランジェリーはそれに初めて気付き、驚いて頭を掻きむしった。

 まさかそれが、外から友也が開けたものだとは知るはずもない。


 獅子はその間にも止まれず、滑り台を上り切った頂上で空中へ飛び出した。その先にあったのは、あの穴である。


「ひゃんっ」

「獅子ッ」


 そのままドシンッと穴にぶつかった獅子が、悲鳴をあげて落下する。獅子に駆け寄るオランジェリーを見送り、華月と光輝は空を見上げた。


 獅子がぶつかった衝撃で、穴を中心としたひびが入る。それは同心円状に広がり、パラパラと檻の破片が落下していく。

 ふと、A4ファイル2枚分程の大きな破片が華月の真上に降って来た。音に気付いた華月だが、避ける暇はない。黒龍を召喚しようかと一瞬考えたが、これからその力を使わなければならないとことを考え自重する。


(怪我しても、命にはかかわらないよね?)

「黒崎!」

「……え?」


 ザクッとすぐ傍で音がした。血のにおいもする。しかしそれは、華月に起きたことではない。

 華月を庇った光輝の左腕に、大きな傷が開いていた。




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