第24話 試験結果

 ドクドクと脈打つ心臓の動きに沿うように、光輝の左腕からは赤い血が溢れていく。

 光輝の腕に守られて檻の破片から逃れた華月は、顔面蒼白で赤く染まる腕にすがりついた。


「白田くん、血が……っ」

「大したことない。それより、早くここから出……」

「大したことなくないよ!」


 華月は叫ぶと同時に袖の生地を引き千切った。目を瞬かせて固まる光輝の腕に、一枚の長細い布にしたそれを巻きつけ、ぎゅっと縛る。これで、きちんと消毒するまでの時間稼ぎぐらいは出来るだろう。


「お前な……」

「あ、何かごめん……」


 光輝にため息をつかれ、華月は目を逸らす。それでも腕を離さない華月に、先に折れたのは光輝の方だった。

 華月の指が、微かに震えている。

 ぽんっと華月の頭を撫でると、素直に「ありがとう」と伝える。


「ここを出たら、先生に傷口洗ってもらおう。――行くぞ」

「うん。――黒龍」


 深呼吸をした華月が呼ぶと、黒龍が彼女の影から姿を現す。呼ばれた理由を理解しているのか、黒龍はそっと身を横たえて2人を促した。

 徐々に、落ちて来る欠片が大きくなっていく。量が増えていく。このままここにいては、危ない。


「ま、待ちなさいよ!」


 光輝と華月が何をしようとしているのか思い当たったオランジェリーが、立ち上がろうとする。しかし彼女の前に破片が落ちてきて、獅子が主人を庇った。

 その様子を眺め、光輝は冷え冷えとした声で告げる。


「今回は、俺たちの勝ちだ。じゃあな」

「な……」


 オランジェリーが何か反論するよりも早く、黒龍は宙に舞い上がった。そして数々の破片を躱しながら飛行し、ひょいっと檻の外へと飛び出す。


 ☾☾☾


「おっ、お帰り」


 電気が走っていた檻の中とは違い、外は夜闇の中だ。

 華月と光輝が目を慣らすために細めていると、下の方から聞き馴染んだ声が聞こえた。見下ろせば、2人の帰りを待っていたキョーガの姿があった。


「先生、ご無事だったんですね」

「ご心配おかけしました」

「こっちも色々あったけど。……きみたちの方が重傷のようだ。白田、傷を見せて」

「あ、はい」


 ふと真顔になったキョーガが、光輝の腕を取る。華月の巻いた布を取り払うと、小さな声で幻蝶を呼んだ。

 呼ばれた1羽の幻蝶が光輝の腕の傍まで飛ぶと、ぽんっと弾けて水滴に変わった。その水は傷口を洗うのに十分な量で、既に血の止まっていた傷は綺麗に洗われた。

 キョーガは腰のポーチから消毒液とガーゼ数枚、そして包帯を取り出した。まずガーゼで傷口の水分を抜き、消毒液で消毒する。それから別のガーゼを傷にあてがい、それを華月に支えさせて包帯を巻いた。


「これで良いだろう」

「先生って、保健室の先生もやってたの?」

「どうしてそう思った、黒崎?」

「だって、物凄く手際が良いから……」

「手際、ね」


 ふふ、と少し寂しげに笑ったキョーガは、そうじゃないんだと首を横に振る。


「昔、魔王軍では医者が不足していてね。その真似事を一時期やったことがあるんだよ。だから、何となく覚えていたんだ」


 その時の癖で、今でも戦う可能性がある時は応急処置をするためのセットをポーチに入れているのだと笑う。キョーガは多くを語らないが、彼にも過去に色々あったのだろうか。


 しかし、気にはなっても華月も光輝も深入りはしない。今すべきことではないし、必要ならばキョーガの方から話してくれることもあるだろう。


「さて、と。2人が無事だったことだし、先に試験の結果発表をしてしまおうか。僕の方で何があったかは、その後にゆっくり教えてあげるよ」

「「お願いします」」

「秋口だし、さっさとしようか」


 その後で、近くのファミレスにでも行こう。そう提案したキョーガがふと目を閉じると、すぐさま姿が京一郎に変わる。

 京一郎は弟子2人を近くのブランコに座らせると、彼らの前の柵に腰を下ろした。ふと目を向ければ、すぐ傍に焦げ付いた滑り台が見える。あの上の方に穴があったため、2人が言うように獅子が駆け上った後だろう。


「まず、助力出来ずに申し訳なかったね。魔物を1匹倒した後できみたちの魔力を辿ったんだが、既に電気の檻で囲まれていた。手を出したかったけど、僕の属性は水だから。……オランジェリー様たちはそれを見込んで選ばれたんだろう」

「そんなっ。先生、顔を上げて下さい」

「そうですよ。わたしたち、出て来られたんですから」


 真摯に頭を下げる京一郎に、光輝と華月は慌てた。

 結界の効力が切れて夜とはいえまだ人通りもある中で、学生が大人の男性に頭を下げられていてはおかしいだろう。更に、2人は京一郎に頭を下げて欲しいわけではない。だから、慌てて京一郎の上半身を上げさせた。


「俺たちは、先生の教えがあったから諦めないで戦えたんです。感謝することはあれど、怒ることなんてないです」

「わたしも、ようやく戦えるんだって自信になりました。……もっとやるべきことがあるともわかりましたし、今後もよろしくお願いします」

「2人共……ふふ、ありがとう。じゃあ、イレギュラーな卒業試験だったけど、その結果発表をしようか」


 くすぐったそうに笑った京一郎は、表情を改めて咳払いをした。それを見て、光輝と華月も姿勢を正す。

 ごくんと唾を呑み込む2人を見て、発表を引き伸ばしていた京一郎は肩を竦めた。


「―――もったいぶる必要もないか。合格だよ、2人共ね」

「――っしゃ」

「よかったぁ」


 小さなガッツポーズをする光輝と、ほっと胸を撫で下ろす華月。リアクションはそれぞれだが、確かに喜んでいる様が見て取れた。


「僕が感じ取れたのは、きみたちの魔力の波動のみ。本当の戦いの模様を見られなかったのは残念だ。だけどそれを見る必要もないくらい、魔力の波動は伸びやかで躍動していた。……まだまだ粗削りだから、鍛錬を欠かすことは出来ない。だけど、よく頑張ったよ。今後も、僕は2人と一緒にきみたちのために力を尽くそう」

「先生……」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 京一郎は両手を差し出し、光輝と華月に握手を求めた。2人もまた、嬉しそうにそれに応じた。


「そうだ、ここからなら俺の家が近いです。寒いですし、お茶くらいなら出します。……丁度、祖父母は旅行に行っていますから2人共どうですか?」

「……僕は構わないけど。黒崎は?」

「わ、わたしは……」


 急な申し出に、華月は頬を染めた。

 しかし断る理由もなく、逡巡の末に首肯した。


「行き、ます」

「じゃ、決まりだね」

「行きましょう」


 光輝に誘われ、京一郎と華月が移動していく。彼らの後ろ姿を見送る影があった。


「さて、オレも帰ろうかね」


 コンビニの袋には、既にカップラーメンしか入っていない。中華まんはなくなり、手に持っていた缶のミルクコーヒーも既に空だ。

 友也はくるりと踵を返すと、鼻歌を歌いながら自宅へと戻って行った。

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