第22話 檻の外
「これは……っ」
強力な魔力を感じて駆け付けてみれば、公園の真ん中に巨大な雷の檻が築かれていた。キョーガがそれに触れようとすると、拒否するようにバチッと電気が走る。
「水を操る僕への対策、だね。この魔力の気配はオランジェリー様かな」
「その通りなのですよぉ?」
「……どなたです?」
キョーガが殺気を纏ったままで振り返ると、そこには清楚な雰囲気の女性が一人立っていた。伏し目がちの瞳は何処か眠たげで、色は深淵の黒。ふわりと魔力の気配に遊ばれる長い髪に指を通し、女性は微笑んだ。
「お久し振りねぇ、キョーガ。ワタシを覚えていて?」
「……勿論ですとも、ヴェイジア様。あなたまでもがこちらへいらっしゃるとは思いませんでしたよ。何せ、戦いを」
「戦いを嫌うのは今も同じ。ですが、魔王のタイムリミットは近付いておりますから、そのための『
「うつわ……」
ヴェイジアはキョーガの反応に満足したのか、うっすらと微笑む。その瞬間、彼女を取り巻く空気が一変した。
風が刃となり、キョーガの身を斬り刻もうと向かって来たのである。
ヴェイジアの属性は『風』。空気さえあれば、自在に風を操り全てを斬り刻み塵にする。
普段は戦うことを好まず、三男と共に魔界の城でひっそりと過ごすことの多いヴェイジアだが、どんな風の吹き回しだというのだろうか。ちなみに魔王の三番目の子にして、長姉だ。
「長考とは良い度胸ねぇ」
「ちいっ」
キョーガは思考をそこで止め、水のベールで防御を図る。すぐさま風が割り込んで来るが、その一瞬の時間さえあればそれで良い。
「『
キョーガが呼び出したのは、以前華月たちに見せた眷属の蝶だ。それらを呼び寄せると、キョーガの魔力が急上昇する。
眷属とは、魔族が己の力を元に呼び出す魔物であり、同時に魔力増幅のための装置でもあるのだ。
勿論それを知っているヴェイジアは、キョーガと幻蝶たちとの距離を遠ざけようと風を飛ばす。しかしそれよりも速く、キョーガは次の一手を打った。
「なっ」
「これで、今回は見逃して差し上げますよ。――『
「きゃっ」
蝶が束となり、群れを成す。それはいつしか渦潮の如き渦となり、真っ直ぐにヴェイジアに向かってぶつかった。流石のヴェイジアも息をすることが出来ず、魔法を使うこともままならない。
キラキラと夜闇に輝く銀の光は美しいのだが、その実は蝶の群れである。何百羽が集まれば、流石に羽音が煩い。
「―――っ、覚えてなさいっ」
捨て台詞だけを置き、ヴェイジアはワープホールを開けて魔界へと去った。
「――ふうっ」
驚異の一つが去ったことを確かめ、キョーガは息をつく。
しかしまだ、最初の問題が何も解決していなかった。目の前には相変わらず巨大な電気製の檻があり、水属性のキョーガは短時間ですら触れることが出来ない。
触れられれば力づくで解除する方法もないわけではないが、電気と水という相性は悪過ぎる。しかも魔力を探れば、檻の中で華月と光輝が何かと交戦中だ。
(檻と言い、相手はオランジェリー様に違いない。魔王の五人の子どもたちの末娘にあたり、普段から好戦的なあの人のことだ。出来れば助けてやりたいが……)
現在の華月と光輝の実力を考えると、オランジェリーは格が少し上の敵となろうか。もう少し下の魔物の討伐をさせてから対面するのがベストだったが、相手はそれを待ってはくれない。
「さて、どうするかな」
腰に手をあて、唸るキョーガ。実はあまり弟子たちを本気で助けようとは思っていないのだが、ふりだけでもしないと後で怖い。
「……そこにいるの、誰だ?」
「―――っ」
「……何だ、間先生じゃないっすか」
「きみは、赤葉くん?」
「そう、赤葉でっす」
キョーガが京一郎に変化して振り向くと、黒のパーカーを着た赤葉友也がコンビニの袋を持って立っていた。この近くのコンビニに寄って来たらしく、手には食べかけの中華まんを持っている。
友也は京一郎の全身をくまなく見た後、ふっと笑った。
「先生、オレの前でその姿じゃなくても良いんですよ?」
「わかってはいるけどね。きみが入れたということは、この辺りの結界もそろそろ効力が切れるだろう? 完全に切れた後、彼らを無事に回収しないといけないから」
「先生も大変っすね。……まあ、白田だけじゃなくて黒崎もいるから、仕方ないか」
肩を竦め、友也は中華まんを口の中に放り込んだ。咀嚼して飲み込み、息をついてから右の手のひらを見えていないはずの電気の檻に向けて広げる。
「じゃあオレから、ちょっとだけ手助けしますわ」
ニヤッとほくそ笑むと、友也は口の中で何かを唱える。すると彼の影から白い光が溢れ出し、光は右手を伝って檻へと辿り着く。
「穴、開けてやるよ」
友也が言った途端、電気の檻に亀裂が走った。
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