第4章 魔族の誘惑
卒業試験
第21話 卒業試験の始まり
「もう、ドキドキしちゃった!」
「何が?」
「何が? って華月」
光輝に自分を受け入れてもらえて安心し、華月は鼻歌でも歌い出しそうな顔で教科書類を鞄に詰めていた。彼女の前に、歌子が身を乗り出す。
放課後の教室。2人の他に、生徒は誰もいない。
「昼間のあれ! どう考えても愛の告白だったよ! それで、華月はどう思ってるの?」
「どうって突然言われても……」
「えーっ」
不満げに頬を膨らませて「つまんない」と言う歌子に、華月は困り顔を見せるしかない。
華月としては、魔王の娘である自分もただの女の子である自分も受け入れてもらえたという安堵が大きい。いっぱいいっぱいの気持ちに愛やら何やらを加える余裕はなく、完全にキャパオーバーなのだ。
光輝のことを自分がどう思っているのか。華月はそれを考えるだけで、胸が痛くて切ない気持ちになる。
だから、今は目の前に迫る卒業試験だけを見据えると決めた。
「歌子、帰ろう? 今日は帰れるんでしょ」
「そうなの。今日は部活休みだから……って、待ってよ華月!」
「置いて帰るよ?」
さっさと鞄を背負い、華月は教室を出た。彼女の後を歌子が追い、2人は仲良く並んで駅までの道を歩く。
帰る途中、華月は歌子にアズールとの出逢いと京一郎の正体を話して聞かせた。
すると歌子は、しばし黙って足を止めてしまう。どうしたのかと不安になり、華月は振り返った。と同時に、歌子が華月に抱き付いた。
「歌子? ──きゃっ」
「華月は華月だから! わたし、何があっても味方だからね?」
「歌子。……ありがとね、歌子」
「……」
ぽんぽん、と歌子の背中を軽くたたく。華月の耳元では歌子の鼻をすする小さな音が聞こえ、次いで涙を堪え声を呑み込む音もした。
ゆっくりと華月から離れ、歌子は赤い顔をして微笑む。
「もうっ、華月が遠くに行っちゃっても追いかけるからね? 覚悟してて」
「うん、待ってる。本当に歌子は凄いな」
「褒めても何も出ないわよ?」
言い合って、2人は笑みをみせた。影が夕日を受けて伸び、寄り添う。
☾☾☾
その夜。家を抜け出した華月は迎えに来たキョーガの眷属を追い、走っていた。鍛練をする日は毎日、眷属の蝶が華月と光輝をそれぞれ迎えに来てくれる。
今夜はいつも待ち合わせる公園ではなく、そのまま現場へ向かうらしい。
休憩を挟みながら走って向う先に、何かの気配を感じた。ぞわり、と身の毛がよだつような強い魔力。到底、昨夜の狼とは比較にならない。
(何が、いるの……?)
立ち止まるわけにはいかない。華月は蝶を追い、ある公園に足を踏み入れた。
公園にはブランコや滑り台があり、小高い山の上からはとても長い滑り台が流れ落ちるように設置されている。緑が多く昼間は親子連れで賑わいそうな広い土地だが、この時間に散歩をしている影もない。
華月は灯り代わりの蝶を追いながら、光輝の姿を探していた。彼と合流し、早く魔物を倒さなければならない。そうしなければ試験合格は出来ないし、近隣の誰かが襲われてもいけない。
しばらくすると、何かがぶつかり合う音と爆発音が聞こえてきた。わずかに血のにおいも。
華月が音のした方向を見ると、光輝が何かと既に戦闘を開始している。
「いたっ……白田くん!」
「黒崎──うわっ」
「白田くん!?」
お互いに手を伸ばしたが、2人の間に何かが割り込む。ドゴッという地面を
「きゃははっ。ああ、おっかしいっ! 何で欠陥品のカヅキが勇者の息子と一緒にいるのぉ?」
「あなたは……」
「気を付けろ、黒崎。こいつ、強い!」
宙に浮いてこちらを見下ろす少女を見上げ、華月は言葉を失っていた。それから、次いで放たれた光輝の叫びに我に返る。彼女が動くのと同時に、さっきまでいた場所に何かが落下する。
――ドォンッ
それは、雷だ。青白い光を放つ稲妻が轟き、華月はぞっとした。もしも自分が動かずにいたら、きっと命はなかっただろう。
華月が立ち竦む隙も与えず、少女は雷を乱れ撃つ。とても楽しそうに、暗闇のような黒い目が弧を描く。
「うふふ。いつまで逃げられるかなぁ」
「あなた、誰……?」
「アタシ?」
少女は自分を指差すと、可笑しそうに肩を竦めて地上へと下りて来た。彼女の足元には電気が走り、属性を伝えてくれる。
黒髪は三つ編みに編まれ、腰まで垂れている。そして、魔族の証である漆黒の瞳を持っていた。
「アタシは、オランジェリー。魔王の娘であり、雷の申し子」
パチン、とオランジェリーが指を鳴らす。すると彼女の隣に、雷をまとった獅子が姿を見せた。
グルル。黒光りする獅子の
オランジェリーは獅子の喉を撫でてやると、きゅっとフサフサの体を抱き締めた。
「この子はアタシの眷属。悪いけど、アンタにはこの世から消えてもらうね。カヅキ、覚悟なさい」
「なっ!」
「黒崎!」
オランジェリーの指先から、稲妻がほとばしる。それは真っ直ぐに華月へと向かい、華月は咄嗟に黒龍を呼び出した。
「黒龍っ」
「ガァッ」
黒龍は飛び出すと同時に口からか炎を吐き出し、稲妻を押し返す。獅子は炎を躱し損ねてたてがみを焦がし、嫌そうに顔をしかめた。
オランジェリーは一連の動きを見て、「へぇ」と口端を吊り上げた。
「全くのド素人ってわけじゃないのね」
「黒崎!」
「白田くん……ありがとう」
魔力を準備なしに放出し、華月は膝から崩れ落ちる。それを抱き止めて支えた光輝は、鋭い眼差しでオランジェリーを睨み据える。
「白田くん、あのっ」
「黒埼、先生が見当たらない」
「えっ……」
「見えるか? 俺たちの周りに、電気の檻みたいなものがある。完全に囲まれた」
華月が顔を上げると、確かにパチパチと爆ぜる電気が3人を取り囲んでいる。まるで、電気のバトルフィールドだ。
2人が気付いたと知り、オランジェリーは大袈裟にパチパチと手を叩いた。
「スゴイスゴイ! やっぱり一般人じゃないか。このまま痺れさせて殺そうかって思ったけど、計画変更だねぇ」
「貴様ッ」
こちらを煽るオランジェリーの物言いに、光輝が怒りを露にする。しかし華月に袖を引かれ、それ以上の無謀な行いはしなかった。
「ここにはね、アタシとアンタたちしかいない。アズール兄上から、キョーガが一緒だって聞いたから、水に強いアタシが出てきたってわけ。……増援は期待出来ないけど、戦ってみる?」
「……黒崎、行くか?」
「……勿論。わたしたちが勝って、ここから出てみせる!」
正直、足の震えは止まらない。オランジェリーは華月たちよりも強く、魔力の量も多い。それは、肌に打ち付けてくる感覚で理解出来た。
それでも、ここで負けて──死んで良いはずがない。
(白田くんがいるから。わたしは、独りじゃない)
(黒崎がいるから、俺は独りじゃない)
華月と光輝は頷き合うと、同時に地面を蹴った。
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