第20話 仲間だから

 昼休みが始まるチャイムが鳴ると、歌子がすぐに廊下へ出て行った。きっと、職員室に屋上の鍵を借りに行ったのだろう。


「黒崎」

「あ……白田くん」

「行くんだろ?」


 ぼんやりと歌子の去った後を見ていた華月は、目の前に光輝が立ったことで我に返った。彼に促され、小さく頷く。

 相変わらずクラスの女子の視線は痛いが、どうしろと言うのか。光輝は華月の戦う仲間であり、まだ何とも言い表せないが友人だ。


(そうだよね、クラスメイトで友だちだもん。クラスメイトと仲良くなることは、何も悪いことなんてないよね)


「うん、行こう。白田くん」

「ああ」


 新たな心の迷いに蓋をして、お弁当箱の入ったトートバッグを持った華月は席を立った。


 廊下を歩いていると、何人もの生徒に振り返られた。光輝と共にいる女子生徒は誰か、という詮索の会話が聞こえてくる。

 いたたまれなくなった華月が、胸に抱いたトートバッグをきつめに抱き締める。

 華月のその行為を知ってか知らずか、光輝が舌打ちしそうな顔で呟く。


「あいつら好き勝手に……」

「お、落ち着いて。それに、今はお昼食べに行こう。歌子が待ってるから」

「……そうだな。何か話もあるみたいだしな?」

「うん」


 華月は伏し目がちに頷く。周りの目が気になるのは事実だが、それ以上に今夜の試験、そして光輝に話したいと決めたことの方が大切だと思う。

 対して、素直に頷く華月の頭をわしゃわしゃと撫でたい衝動に駆られた光輝だが、ぐっとそれを押し止める。華月を公然と特別扱いすることが他の女子生徒の反発を生む、ということくらいは察しているのだ。


(何で顔を理由にこっちが気を遣わないといけないんだよ。それにしても……話って何だ?)


 光輝は首を捻るが、わからないものはわからない。大人しく、華月が話してくれるのを待つことにした。


 それから少しして、屋上に繋がる階段の前に着いた。とんとんとん。華月と光輝は階段を上り、ドアを開ける。

 外の光がまともに目に入り、華月と光輝は咄嗟に目を閉じた。そろそろと目を開けると、青空の下で歌子が2人に向かって手を振っている。


「やーっと来たね、2人共! こっちこっち」

「歌子、待たせてごめんね」

「屋上って出られるんだな。俺がもといた学校じゃ、立ち入り禁止だった」

「入れない学校も多いと思うけど、ここは完全に囲われてるから構わないって聞いたよ。それに鍵は1つしかないから、1組限定」


 ニヤッと笑った歌子が、大きな長方形のキーホルダーを指でくるっと回した。それには、キーホルダーの半分程の大きさの鍵がついている。

 歌子の目の前には、まだ手をつけていない弁当箱があった。今日は母親に作ってもらったのだと微笑む。


「先に食べててくれてよかったのに。待っててくれてありがとう、歌子」

「ふふっ。折角の屋上なのに、1人じゃ寂しいしね。それに、わたしとしては2人がどんな話をするのか気になるし」


 ちらっと意味ありげな視線を送られ、光輝は思わず一歩退いた。それを気に止めることなく、歌子は華月と光輝に座るよう促した。

 2人が座ると、歌子はようやく「じゃあ、いただきます」と手を合わせた。

 しばしの間、3人は食事に集中した。時折弁当箱の中身について話す他は、入るべき話題には触れない。


「じゃあ、白田くんのお弁当はお祖母さんが?」

「ああ。祖父さんが仕事に持っていくからそのついでって言って、作ってくれるんだ。素朴な味だけど、凄くうまい」


 歌子の問いにわずかに表情を軟化させた光輝の弁当箱の中身は、煮物や野菜、魚が中心だ。その全てが手作りであり、冷凍食品は1つもないのだとか。

 華月と歌子は1つずつ南瓜の煮物を貰ったが、甘さが絶妙でホロホロと砕け、とても美味しかった。


「……さて、そろそろ話したら?」

「うん。……あのね、白田くん」

「何だ?」


 昼休みも半ば。歌子に促され、華月は深呼吸をしてから光輝に向き合った。

 既に弁当箱を包み直した光輝が、彼女の視線を受け止める。


「まだ歌子には話してなかったけど、この前、わたしの兄を名乗るアズールって魔族と会ったでしょ?」

「うん」

「魔族……」


 静かに頷く光輝と、目を瞬かせる歌子。華月は「後でちゃんと話す」と歌子の問いを押し留め、本題に入る。

 冷や汗が背を伝うが、もう戻れない。


「……白田くんは、わたしといて不安とか憎しみとか、そういう感情を持つことはないの? わたし、白田くんの両親を殺したかもしれないやつの妹なんだよ?」

「黒崎……」

「アズールが『殺した勇者の息子』って言った時、白田くんの雰囲気が変わるのを感じた。……っ、怒りとか憎しみとか、深い悲しみとか。そういう感情が溢れるのを感じて、もしかしたらわたしにもいつか、その感情が向かってくるんじゃないかって」

「黒崎」

「こ、怖くて。表面上は平気にしてたけど、いつかって思ったら、隣で戦ってても良いのかなって不安になってきて……」

「華月ッ!」

「──っ!」


 びくんっと体を震わせ、華月は言葉を止めた。いつの間にか両手を膝の上で握り締めて、下を見詰めて喋っていたらしい。視界が歪んでいるのは、涙が溢れているためだ。

 そんな華月の両肩に手を置き、光輝が彼女の顔を上げさせた。間近に光輝の端整な顔が迫り、華月は目を見開く。


「お前、そんなに悩んでたのか。何で、今まで話してくれなかったんだよ? ……いや、話せなかったんだよな」

「白田、くん……?」


 呆然と光輝を呼ぶ華月の肩から手を離し、光輝は「ごめん」と呟いた。


「ごめん。黒崎は離れた方が良いんじゃないかって思って、戦いからは遠ざけようかと思った。先生も同意見だったから。……でも、あの時黒崎が来てくれて、目茶苦茶ほっとしたんだ」

「白田くん……」

「それで、改めて思った。俺が戦うなら、隣には黒崎にいて欲しい。魔王の血を引いていたとしても、黒崎は黒崎だから」


 だから、と光輝は微笑む。そっと右手を華月に差し出した。


「俺は『黒崎華月』だから、一緒に戦いたい。……これから、たぶん何度も迷うと思う。それでも、俺の隣にいてくれないか?」

「……本当に、良いの? いつか、魔族の力で白田くんを、みんなを傷付けるかもしれないのに」


 自分の手を取ることを躊躇ためらう華月に、光輝は頷いてみせた。


「その時は、俺と先生が止める。北園も手伝ってくれるだろうし、赤葉もいるし」

「勿論! わたしも止めるよ。だって、華月はわたしの大切な友だちだもん」


 光輝を押し退ける勢いで、置いてきぼりをくらっていた歌子が身を乗り出す。彼女の勢いに苦笑し、光輝は「ほら」と手を華月の方に向けた。


「これからもよろしく、黒崎」

「──……っ、うん。ありがと、2人共」


 ふぇぇ……と華月が泣き出した。それに驚いた歌子だが、気を利かせて華月を光輝の方へ押しやる。

 戸惑いを露にした光輝だったが、歌子の眼光に観念して華月の頭に手を置いた。そして、軽く髪をすくように撫でる。


「大丈夫。大丈夫だ、黒崎。……今夜の試験、いっしょ頑張ろうな」

「……ぅん」


 華月の涙は、昼休みが終わるチャイムが鳴り終わるまで止まらなかった。歌子が気を利かせ、体調不良で保健室に行ったことにしてくれた。

 光輝はといえば教室に戻るのも忍びなく、華月が落ち着くまで隣にいたのだった。

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