第17話 練習相手

 大玉のような黒い塊から生まれたのは、漆黒の翼を羽ばたかせる巨大な鴉だった。


「カアッ」


 一声鳴くだけで、暴風が起こる。ゴッと吹き荒れる風は、華月と光輝の髪と服を巻き上げた。華月の制服のスカートの下は、体操服のズボンを穿いている。その辺りの抜かりはない。


「くっ」

「きゃぁっ」


 二人は飛ばされそうになりながらも、何とか踏みとどまる。彼らの戦意が喪失していないことを見て取り、キョーガは嬉しそうに笑った。


「いいね、そのままかかっておいで! この子は僕の魔物でね、いつも練習相手をしてもらっているんだ。……カブラス、頼むよ」

「カアッ」


 カブラスと呼ばれた巨大鴉は、一声鳴くと大きな翼を広げて飛び立った。周囲を無音にする程の暴風を生み出し、彼は飛ぶ。

 黒光りする瞳が真下で風に耐える華月と光輝を捉え、急降下した。両足の鋭い爪をかざし、真っ直ぐ華月に向かう。


「カアッ」

「なっ!?」

「――伏せてろ!」


 ガキンッと金属が衝突する音が響く。衝撃に備えて目を閉じていた華月は、そろそろと目を開ける。すると目の前で光輝が剣を使って爪を防いでいた。

 ギリギリ、と徐々にカブラスが押し込んでいく。それを押し留めようとする光輝の足元が、じゃりと音をたてた。


「白田くん!」

「黒崎、俺が防いでいる間にあいつの背後に回り込め。それで、魔法を使うんだ」

「……わかった」


 魔法で叩け、と光輝は言う。華月は浅く頷くと、震える足を叱咤して駆け出した。

 すると当然、カブラスが気付いて回れ右しようとする。その瞬間、カブラスの足に痛みが走った。


「ガアッ」

「お、効いてるみたいだな」


 カブラスの気が逸れた隙に、光輝がその足に剣を突き刺したのだ。魔物であるためか血こそ出ないものの、カブラスは痛みを堪えるように目を細めた。

 そして、大きな隙が出来る。


「今だ、黒崎!」

「うん―――黒龍、カブラスを捕らえて!」

「グオオォォォッ」


 華月の呼びかけに応じ、黒龍が姿を現す。そして、一声咆哮すると、長い体をくねらせてカブラスに向かって突進した。


 カブラスも負けてはいない。

 光輝を振り払い、嘴で剣を引っこ抜く。傷口からは黒いもやのようなものが立ち昇り、それが血の代わりだと察せられる。

 そして己を鼓舞するように一声鳴くと、真っ直ぐに黒龍にぶつかっていった。


 二つの体が正面からぶつかり合い、大きな爆発を起こす。その衝撃波に耐え切れず、華月の体はふわりと宙に浮いた。手を伸ばしても、何も掴むことは出来ない。


(しまった!)


 慌てて黒龍を呼び寄せようとするが、黒龍は爆発と共に消えてしまっていた。更に華月の魔力も充分になく、再度召喚することは出来ない。

 仕方なく何処かにぶつかるのを待とうとした矢先、華月の手がぐいっと何かに引っ張られる。


「諦めるな、ばか!」

「白田くん!?」


 華月の手を掴んだのは、剣を地面に突き刺して耐えていた光輝だった。盾は何処へやったのかと見れば、近くに投げ捨ててある。

 どうやら、華月を掴むために手放したらしい。それに気付いた途端、状況が状況にもかかわらず、華月は自分の頬が熱くなるのを感じた。ばか、と言われたことなど気にしていられない。


 華月の焦燥を知らず、光輝は彼女の足が地面につくのを確かめると彼女の手を剣へと導く。そして掴んだのを見るや、自分はそれを手放した。


「白田く……」

「そこにいてくれ!」


 暴風の中でも聞こえるよう叫ぶ自分に向かって頷く華月を見て、光輝は放置していた盾を手に取る。それを掲げ持ち、カブラスの攻撃に備える。


 カブラスはといえば、黒龍とのぶつかり合いでダメージを受けたのか、ぶんぶんと頭を振っていた。黒龍は耐え切れずに消えてしまったが、鴉はすぐに体勢を立て直す。

 脳震盪のうしんとうでも起こしたのだろうか。大丈夫かと主人であるキョーガにと問われ、カブラスは元気よく「カアッ」と鳴いてみせた。


「大丈夫そうだな。じゃあ――かましてやれ」

「カアァァァッ」


 キョーガに鼓舞され、カブラスは再び舞い上がる。そして、盾を構える光輝に向かって突進した。ギュルルルルという空気を斬り裂く音をさせ、真正面から二つの物体がぶつかった。

 ドンッという衝撃音が響き、華月は風圧に身を竦ませる。


「ぐっ……うわっ!?」

「カアッ」


 勝利の雄叫びを上げ、カブラスが再び飛び上がる。その下では、押し負けて吹き飛ばされた光輝が気を失っていた。


「白田くん!」

「……う……」

「よ、よくも白田くんを!」


 光輝を揺すり起こそうとした華月だが、光輝は呻き声を上げるだけで目覚めない。華月は余裕そうに宙に浮くカブラスに向かって光輝の剣を振り上げようとした。

 しかし、それは叶わない。


 バチンッ


「えっ」


 華月を拒否するように静電気のような力を発し、剣は地面に落ちた。呆然とそれを見詰める華月の前に、カブラスを従えたキョーガが立つ。

 キョーガも剣に触れようとするが、バチッと拒否された。


「これは……勇者の剣だから、魔族の血を持つぼくらは触れられないみたいだね」

「でも、さっきは……」

「さっきは、白田が許可を出しただろう? それにこの剣が従ったに過ぎない。持ち主が認めない限り、持ち主にしかこの剣と盾は扱えないんだな」

「勇者にしか、扱えない……」


 意思も持たずに落ちているように見える剣。しかし、主を選択して従うという性質を持っているらしい。

 仕方なく、華月とキョーガは剣をそのままに、光輝を木陰に移動させたのだった。



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