第16話 鍛錬の始まり
「だあぁぁぁっ」
「甘いぞッ。中庭で剣を振った時の気迫はどうした!?」
「くそっ。何で知ってるんだよ!」
――ドンッ
野犬と野生動物くらいしかいないはずの学校の裏山―正式名称・帳山―に、怒号と爆音が響き渡る。響き渡っているだけなのだが、周囲の家々から人が飛び出して来る気配はない。
当然である。魔族の姿に戻ったキョーガが、自分たちの行動範囲にのみシールドを張って防音対策をしているからだ。そのため、幾ら暴れ回ろうと誰かに迷惑をかけることはない。ただ、巻き込まれた野生動物たちにとっては迷惑千万だが。
キョーガは一応、自分と対戦相手以外の生き物の出入りを自由にしてはいるのだが。時折目の前を走り抜ける鹿や狸を躱すのも試練のうちだ。
「ほら、ちゃんと躱せよ? 動物に傷付けたらペナルティだから」
「傷つけるかっての!」
「その意気だ」
「くっ……――『
光輝が手にした剣を振りかざし、叫ぶと同時に振り下ろす。すると切っ先から放たれた斬撃が爆発し、キョーガを襲う。
キョーガは爆撃を片手で作ったシールドで躱すと、カウンターを繰り出した。倍の威力になった斬撃が、光輝を真正面から襲い掛かる。
「なっ!?」
カウンターを想定していなかったのか、光輝が目をむく。盾をかざすが、その仕草が間に合わない。
万事休すかと目を閉じた直後、視界の暗さが増した。同時に、魔力が爆発する。
「『黒龍』来て!」
「「!!?」」
甲高い声が、カウンターを打ち砕く。
光輝が目を開けると、前には彼の倍以上もある大きな黒龍が立ち塞がっていた。「グルル」と喉から唸り声を上げ、その黒光りする瞳を後方へと向ける。黒龍の視線を追い、光輝とキョーガは驚いた。
「え……黒崎?」
「どうしてここに?」
「……わたしも、一緒に戦います」
華月の宣言に呼応するように、黒龍が唸り声を上げる。その声は空気を震わせ、彼らを包むシールドすらも揺らす。
華月の元へと戻った黒龍は、その姿を消した。彼女の登場に少なからず動揺していたキョーガだが、ふっと口元を緩ませた。
「やはり、来たね」
「あはは。来ちゃいました」
肩を竦め、華月は微笑む。
固まったままの光輝にも、彼女は笑みを見せた。
「たくさん迷ったんだ。戦うってことに怖気付いたし、いつかは実の母親と戦うんだって思ったら、怖くなった。だけど……だけど、これはわたしの進むべき道だって思ったの。一晩考えて、それでも白田くんに全部をやってもらうのは違うよねって。だから――何を言えば良いのかわかんないんだけど、わたしも一緒に……白田くんの隣で戦わせて欲しいんだ」
「……何を言いだすのかと思えば」
ため息をつき、光輝は諦めたように笑う。彼の茶色の瞳に、華月が映る。
「やるんだな?」
「勿論」
「じゃあ……やろうぜ」
ぽん。すれ違いざま、光輝は華月の頭を撫でた。それはきっと、何の意味も含まない行動だったに違いない。そう思い込むことで、華月は胸の奥のざわめきを鎮めた。
深呼吸を一つして、華月は光輝の隣に立つ。二人は目を合わせ、それからキョーガへと目を向ける。
「お願いします、先生」
「先生、頼むよ」
「やれやれ。……では、手加減なしだよ」
にやりと笑ったキョーガの両手から黒い光が瞬き、それが腕を伝って空へと立ち昇る。シールドという天井に到達すると、光はそこから放射状に広がった。
黒い光に包まれた中で、キョーガの漆黒の瞳が輝く。
「じゃあ、行こうか」
「「はい」」
光輝が剣を構え、華月は手を握り締めていつでも動けるように準備する。彼女らの支度が整ったのを見計らい、キョーガは翼を広げた。
「きみたちは、アズールに敗北した。それは完全にきみたちの力不足であり、これからの課題だ。……さっきまでは白田を相手にやっていたけど、これに黒崎も加わってもらうぞ」
「わかりました」
しっかりと頷き、華月はキョーガを見据えた。自分には何が出来るのかわからないが、ここで実力を上げなければと心が逸る。
華月の焦りを感じてか、光輝が小さな声で言う。――華月、と。
「華月、焦るな。焦って身に着けたものは、自分のものにはならない」
「う、うん」
「気を散らさず、自分と向き合え」
まさか再び自分の名を呼ばれる日が来るなどと思っていなかった華月は、カッと顔を赤くした。しかし光輝は彼女が違う意味にも聞こえていたことなど知らず、真っ直ぐに睨み据えた。
2人の態度の違いに内心苦笑しつつ、キョーガは体の中央に魔力を集める。それを徐々に増幅し、シールド内に溢れた己の力も集約する。
ゴゴゴゴゴという地鳴りのような音が響き、キョーガを取り巻く空気が変わった。
「来るぞ」
「はい」
「――さあ、ここからが鍛錬の本番だ」
キョーガが右手を挙げると、その指の先に黒々とした塊が生まれる。それは少しずつ成長し、やがて成長を止める。大きさは大玉転がしの大玉くらいだろうか。
「始めよう」
唸り声を上げ、大玉が割れた。
そこから現れたモノと対峙し、光輝と華月は気を引き締める。
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