第3章 強くなろう

第15話 置いてきぼり

 京一郎が魔族キョーガだと知った翌日の昼休み。部活のミーティングのためにお昼を一緒に食べられなくなった歌子と別れ、華月は一人でぼんやりと中庭のベンチに座っていた。

 中庭の規制線は取り払われ、一部傷は残るものの普段通りの中庭に戻っている。そのためか、あの時は興味津々で庭を覗きに来ていた生徒たちの姿はない。いつもの、静かな庭に戻っていた。

 さわさわと心地よい風が木の葉を揺らし、それを感じつつ、華月は空になった弁当箱を包み直していた。ふわり、と華月のセミロングの髪が揺れる。


「……あと、もう少しだけここに居よう」


 誰にも邪魔されないこの場所で一人の時、華月はよく考え事をしている。何も考えずにぼーっとしていることも多いが、最近は歌子と一緒のことが多いためにそんなことに耽る時間はなかった。

 2限目と3限目の間の20分休憩の時、華月は教室を出る光輝を見た。別にその行動自体はおかしなところはないはずだが、妙に気になって後を付けてしまったのだ。

 すると、光輝は職員室に入っていった。窓から覗くと、彼と京一郎が話している姿がある。

 何も知らない者が見れば、それはただ授業のわからない所を質問してきた生徒と答える教師にしか見えないだろう。しかし、二人の手元に教科書類はない。

 不意に、京一郎が何か長いものを持つ仕草をして、それを振り下ろした。その仕草をなぞり、光輝も同様に動く。

 周りに教師の姿はなかったが、不思議な光景だ。

 しかし、華月にはわかってしまった。彼らの行動の意味が。


(あの2人、戦い方を話し合ってるんだ)


 アズールと名乗った魔族に、華月と光輝は敵わなかった。手も足も出ず、一方的にやられたと言っても過言ではない。

 もしも京一郎が来なければ、そう考えるだけで寒気がする。


「……ごめんなさい」

「何が?」

「―――っ!?」


 思わず口から漏れた謝罪の言葉。それを誰かに聞かれるなどと考えてもいなかった華月は、勢い良く振り返った。

 果たして、そこにいたのはクラスメイトだ。


「……赤葉くん?」

「よお、黒崎。間先生に用事があるんだけど、いるかな?」

「あ、うん。あそこに」

「さんきゅ。……あ、そうだ」


 華月が指差す方向に京一郎の姿を確認し、友也はそちらへ向かおうとする。しかし、職員室の戸を開ける直前で立ち止まった。何事かと目を瞬かせた華月を振り返り、友也は歯を見せて笑う。


「大丈夫だからな、黒崎。自分の気持ちはもう答えが出てるだろ? もう一回だけ、ぶつかってみろよ」

「え?」

「じゃーなー」


 聞き返すも、友也は答えずに職員室へと入ってしまう。彼の姿を追えば、既に京一郎の前にいた。光輝とも一言二言話していたようだが、何を話しているのだろうか。


「やばっ、こっち来る」


 タイミング良く、3限目開始のチャイムが鳴る。華月はその場から逃げるように、教室へ向かって駆け出した。


 ☾☾☾


「赤葉?」

「よお、白田」

「どうしたんだ、赤葉まで。珍しいこともあるもんだな」


 何も持たない友也の登場に、京一郎も若干困惑気味だ。後数分で次の授業が始まるのだが、何をしに来たのか。


「赤葉、授業の質問なら後で教室でも聞くが?」

「ああいや、違うんですよ。話があるのは、そっちじゃなくて」


 手を振って「違う違う」とジェスターし、友也は意味深に微笑んだ。自分に注目する二人の視線を受け止めて、口を開く。


「オレは……」


 ☾☾☾


 放課後の教室。歌子を部活へと送り出した華月は、一人で夕焼けに染まる景色を見詰めていた。

 どうしても、昼間の友也の言葉が頭の中でリフレインする。


 ――大丈夫だからな、黒崎。自分の気持ちはもう答えが出てるだろ? もう一回だけ、ぶつかってみろよ。


 彼が何を思ってそう口にしたのか。真意は不明だが、確かに今の華月に必要な言葉だった。

 華月は拳を胸の上で握り締め、心の中で「よし」と自分を鼓舞してみた。そうすることで、少しだけ強くなれる気がする。気がするだけだが。


 鞄をひったくるように持つと、勢いのままに教室を出る。誰もいなくなった廊下を、先生に注意される心配もなく駆け抜ける。階段を駆け下りて、靴を履いて走り出す。息は苦しくなるが、そんなことよりも早く伝えたい。

 向かうのは、魔力の爆発した気配が強く感じられる学校の裏山だ。時間は既に、暗闇が支配する空間と化していた。

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