第14話 魔族キョーガ
「先生が、魔族……?」
「全然、気配がなかった」
華月が目を丸くし、光輝が悔しそうに眉間にしわを寄せる。そんな生徒2人の様子を苦笑気味に見ていたキョーガは、さてと教卓に両手をついた。
「ここには、もうぼくらの他に誰もいない。訊きたいことがあるのなら、答えられる限り答えよう。黒崎、白田、質問は?」
「きゅ、急に振られても!」
「……先生は、いつからこっちに?」
テンパって深く考えられないでいる華月よりも早く、光輝が冷静さを取り戻す。そんな彼の口から出たひとつ目の問いに、キョーガは微笑む。
「帳町に来たのは、魔王様が来たのと同時だ。だから、17年は前だね」
「……お父さんがお母さんと初めて会ったのも、17年前だって言ってました」
「そうなのか」
光輝が驚いた顔をして、華月は頷く。
華月の父・明が魔王と出逢ったのは、華月が生まれる2年前。仕事が休みの日に帳町の植物園に行き、そこで偶然会ったのだとか。明はその女性に一目惚れして、その日のうちに告白。やがて2人は結婚し、華月が生まれる。
だけど、と華月は首を傾げた。
「お父さんから、先生のことを聞いたことはありませんでした。先生は、母……と一緒にいたわけじゃないんですか?」
「魔王様とは、基本的に別行動をしていたからね。魔王様が人間と恋に落ちたと知った時は驚いたけれど、魔界にいることにも飽きていたから、丁度良いと思って教師の免許を取ったんだ」
「……そんな、ちょっとコンビニに的な勢いで取れるものではない気がしますが」
「まあ、魔族の力を使ったことは認めるよ。ゆっくり勉強する時間はなかったし、魔界では教師をしていたから、今までバレたこともないしね」
「真面目に教師を目指してる学生が聞いたら怒りそうだな……」
光輝が肩を竦め、キョーガは「そうかな」と言うだけだ。
そういえば、京一郎は少し人間離れした雰囲気を持っていただろうか。華月は考えたが、綺麗に同化していて気付かなかった。
「これでも、日本という場所を気に入っているからね。きみたちのような教え子もたくさんいるし。正直、この国が魔王様たちの手に堕ちるのを見るのは忍びない。愛着、というのかな」
そこで、とキョーガは華月と光輝に目を向けた。どきりとした二人が、わずかに一歩後ろへ下がる。
何処かで、キョーガが次に言う言葉を感じ取ったのかもしれない。そしてその依頼が拒否不可能なものである、ということも。
「きみたちに、魔王軍と戦って欲しい。勿論、ぼくも一緒に戦うし手助けもする。どうかな?」
「どうって……」
逡巡する華月とは反対に、光輝は剣を握り締めて一歩前に出た。その表情からは、決意がにじみ出る。
「おれは、やります。今度こそ、父が果たせなかった魔王討伐をやり遂げる」
「白田くん……」
「流石、白田光輝くん。生来の正義感の強さは、父親譲りかな」
ぼくも魔王軍の一員として戦ったからね、とキョーガは至極当然のように言った。彼の言葉に、光輝はぴくりと反応する。
「正直、先生のこともぶっ倒したい。おれの父は魔王軍の誰かに殺されたんだから。……だけど、誰彼構わず剣を振り回したら、前の二の舞だ」
「ぼくはいつでも決闘を受け付けるけど、賢明だね」
くすっと控え目に微笑んだキョーガは、華月に目を向ける。どうする? と目で問いかけられ、華月はきつく唇を結んだ。
「わたしは……」
言いたい言葉が口から出ない。これを言ってはいけないのではないか、と要らぬ思考が頭をよぎる。自分が「やりたい」と言ったとして、戦い方も知らない自分など、と。
それでも意を決して顔を上げた時、心配そうにこちらを見守る光輝とキョーガの姿があった。
「あのっ」
「黒崎、無理しなくていい。おれが、必ず魔王軍からこの世界を護ってみせるから。……自分が魔王の子どもだと知って、日も浅い。決断するのは早いんじゃないか?」
そうじゃないですか、と光輝はキョーガを見上げた。するとキョーガも少し考える素振りを見せたが、光輝に同意するように頷く。
「それもそうだね。黒崎は決断を急ぐべきじゃないか。本当に戦うとなれば、いずれは血の繋がった母親と対峙することになるんだからね。……すまないな、黒崎」
「あ……いえ」
キョーガに謝られ、華月は目を伏せた。
本当は戦いたい、という気持ちを口に出す機会を逸してしまった。しかし華月に時間を与えたいという二人の気持ちも理解出来、華月は黙って光輝とキョーガを見守る。
(わたし、何がしたいんだろう……?)
一人置いて行かれたように感じながら、華月は自問自答を続けていた。
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