第5話 華月の帰宅後

「明日、また放課後に会えるか?」


 日が暮れかけ、華月と光輝は帰宅することにした。

 中庭から背を向け歩き出そうとした華月に、光輝は遠慮がちに声をかけた。振り返った華月は不思議そうにしていて、光輝は緊張で手のひらに汗をかく。


「明日? 大丈夫だけど、何で」

「俺の、ことを話したい。魔王の娘としての記憶をお前が持たないというのなら、俺の勇者の息子としての記憶を知って欲しいと思った。どうかな?」


 恐る恐るといった体で自分を見てくる光輝に、華月はふっと笑みを見せた。そんなに不安そうな顔をしなくても良いのに、と。

 光輝に襲われた華月だが、幸いにも無傷だ。力を加減したのだろうが、本気で殺すつもりなどなかったのだろう。


「大丈夫だよ。それに、わたしも興味ある。白田くんのこと、教えてよ」

「よかった。じゃあ、また明日な」

「うん」


 校門を出て左に行く光輝を見送り、華月は真っ直ぐに進んだ。

 歩きながら、何故光輝が放課後を指定したのかと考える。別に、昼休み等の授業の合間に話してくれれば良いのではないだろうか。

 そこまで考えて、華月はふと自分の隠し事を明日歌子に打ち明けようと決心した。


(ずっと内緒じゃ、心苦しいしね。今日のことも心配してくれたし、明日の昼休みにご飯食べながらでも)


 そう決めて、信号で立ち止まったのを機にスマートフォンでメッセージアプリを起動した。その友達一覧の中から、歌子のアカウントを探し出す。とはいえ、一番上に表示されているから探すのに手間取らない。


『白田くんとの話、終わったよ。明日話すから、昼休みは中庭で食べようよ!』


 送信したタイミングで、信号が青に変わる。横断歩道を渡り、華月は最寄りのバス停の列に並んだ。

 バスが来て、OLやサラリーマンと共に乗車する。席に座って鞄の中からスマートフォンを取り出すと、丁度着信を知らせるバイブ音が鳴った。


「早いな、歌子」


 部活はもう終わったのだろうか。そんなことを思っていた華月だが、続けざまに数件のメッセージを受信して慌ててアプリを立ち上げる。

 画面には、幾つもの吹き出しが表示されていた。


『よかった! 心配してたんだよ』

『白田くんってどんな感じ? 遠目に見てるだけじゃ何もわかんないからさ。女子たちの目が怖いし』

『明日? おっけー』

『じゃあ、明日は珍しく売店でサンドイッチでも買おうかな? また明日ね』


「自己完結してる。よし、『また明日』っと」


 少し心配性の友人のメッセージに犬のイラストで「ばいばい」と言っているスタンプを返信し、華月はふと窓の外を見る。見慣れた車窓の風景が流れ、華月が降りるべき停留所が近付いて来た。

 華月は、家ですべきことを順序だてて脳内にて反芻する。


(洗濯物入れて、昨日作って置いたもの温めて、ご飯が出来たらおっけーだな。お父さんが帰って来るまでに、出来るだけ片付けておきたいし)


 父子家庭であり、華月が家事を担うことが多い。しかし家事の全てを華月が負担しているわけではなく、父も風呂掃除や休日の食事の支度、そしてゴミ捨てを担ってくれている。

 しかし父は不器用なのか、掃除用洗剤は零すし料理は焦がす。更にゴミ袋の口をきちんと占めておらずぶちまけるなど、何故か天然系ヒロインがやりそうなミスを連発する人だ。

 最近は慣れてきたのかそう言う失敗は減り、料理も上手になって来た為に心配はしていないが。


「ただいまー……あれ? 開いてる」


 一軒家の小さな門を開けて玄関の戸を開けた華月は首を捻り、ふと見慣れた黒い革靴を見付けた。途端にバタバタと騒がしく部屋に入り、ソファーに鞄を置くと同時に台所を覗く。


「おかえりなさい、お父さん!」

「ただいま、華月」

「今日は早かったね?」


 既にエプロン姿で菜箸を持つ父に、華月は笑顔で尋ねた。

 明は町役場に勤めているが、特殊な職務らしく定時ではなかなか帰ってこない。そんな父が珍しく定時で帰宅して夕食を作る姿に、華月は目を輝かせる。

 そんな娘に苦笑を返し、明は「手を洗ってうがいをしてきなさい」と促した。


「はぁい!」


 パタパタと素直に洗面所へと向かう娘の後ろ姿を見送り、明はふと険しい顔をした。しかしそれも一瞬のことで、すぐにいつもの穏やかな顔に戻っている。


「きっと、大丈夫。なんたって、華月だからね」


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