第4話 色

「躱したか」


 残念、という顔で光輝みつきが肩を竦めた。彼の手元には、大振りの剣がある。濃い青色を基調とした剣は、西日に照らされて輝く。


「な、何っ……!?」


 間一髪で斬撃を躱した華月かづきだったが、先程まで自分のいた場所を見てぞっとした。地面がえぐられ、土埃が舞っている。その向こうに、明らかな敵意を自分に向ける光輝がいることを認めた。


「……!」


 第2撃が放たれ、空気を震わす。自分の質問に答えることなく攻撃してくる光輝に、華月は再び声を張り上げる。


「どうして、襲ってくるの!」

「どうして? その言葉、あの魔族たちに聞かせてやりたかったな」

「あの魔族?」

「そうだ。……おれのとして、魔王の娘であるお前を殺す」

「──っ」


 瞠目し、華月は一瞬動きを止めた。しかしこのまま殺されるわけにもいかず、植木を盾にして逃げる。


「きゃあっ」


 光輝の剣が植木を上下真っ二つに斬り裂き、華月はその場にへたり込む。体が死の恐怖でブルブルと震えた。


「お前、魔王の娘なんだろ? どうして魔力を使って反撃してこない」


 全く反撃せずに逃げ回るだけの華月を不審に思ったのか、光輝は攻撃の手を止めた。華月は胸に手を置き息を整えながら、キッと光輝を睨み付ける。


「わ、わたしは自分が魔王の娘だなんて最近まで知らなかったもん!」


 一気に言い放ち、目を逸らさない。逸らせば最後、泣き出してしまいそうな気がしたからだ。

 華月の言葉を聞き、今度は光輝が目を見張る。そして、目の前の少女が拳を震わせながら自分を睨み付けているのを見て何かに気付いたらしい。

 光輝は手にしていた剣を一振する。すると、剣が一瞬でかき消えた。


「すまない」

「え……」


 呆然と自分を見上げる華月に、光輝は気まずそうに眉間にしわを寄せて謝罪の言葉を口にした。九十度以上に下げられた頭が、彼の誠意を示す。


「ごめん。魔王の娘だと一目見てわかったから、自制が利かなかった。……こんなに怯えさせて、申し訳ない」

「……白田くん」

「立てるか?」


 顔を上げた光輝は心からすまなそうな顔をしていた。その悔恨のにじむ顔に、華月は胸が締め付けられる。

 そっと差し伸べられた手を振り払うことも出来ただろうが、こんなに誠心誠意向き合ってくれる人にすべきではない。華月は自分の震えが治まっていることに気付き、苦笑い気味に光輝の手を取った。


「もう、本当にびっくりしたんだよ」

「ごめん……それしか言えない」


 シュンと下がった耳が見えた気がして、華月は光輝が少し可哀そうになってしまった。だから、話題転換を試みる。


「あの、わたしが魔王の娘だってどうしてわかるの?」

「ん? ああそれは、瞳の色だよ」

「瞳の色?」


 西日に照らされて、光輝の全身がオレンジ色に染まっている。それは華月も同じだ。

 華月が首を傾げると、光輝はすっと彼女の瞳を指差す。


「黒崎の目は、日本人にしては黒過ぎるんだ。漆黒と言っても良い。その漆黒の瞳が魔族の血を引く証で、魔族は魔界に暮らしているはずだから、お前は人間界に産み落とされた唯一の者。つまり魔王の娘ってわけだ」

「この瞳の色、みんなより黒が濃いなとは思ってはいたけど、そんな意味があったんだね。知らなかった……」


 確かに、華月の父あきらの瞳の色は焦げ茶色だ。歌子もそれほど変わらない。対して自分は漆黒、その意味を理解した華月は、ふと光輝の目を覗き込んだ。

 じっと見詰められ、光輝の頬が朱に染まる。


「な、何だよ」

「白田くんの目は、薄い茶色だね。あの木とか、大地のイメージだ」

「へぇ……そんなこと、言われたことなかったな。俺は、この髪の色ばかり話題にされて来たから」


 微笑みながら華月に言われ、光輝は目を見開いた。そして、ふと寂しげに前髪をいじる。確かに彼の髪色は特徴的で、目を惹くものだ。


「前髪の一部分だけが、真っ白に染まる。これが俺の血筋を示すものであって、ある意味じゃ呪いだな」

「呪い……。ん? 白田くんの血筋って?」

「言ってなかったな」


 俺は、と光輝は言い淀む。しかし意を決したのか、服の中に隠したペンダントを取り出した。


「俺は、勇者の息子なんだ。昔、魔王と対峙した父はもういないがな」

「勇者の、息子……」


 勇者なんて、ファンタジーの中の存在だと思っていた。思わずそう口にした華月に、光輝は笑う。


「そんなの、魔王も同じだろ」


 初めて屈託なく笑った光輝の表情に、華月は胸の奥が小さく音を鳴らすのを聞いた。

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