第3話 転校生

 5月を迎える頃には、華月たち新入生も高校生活に溶け込む。着られているように見えていた制服を着るようになり、こなれてくる。


「転校生を紹介するぞ」


 そんな日常と化しそうだった日々に投じられた『転校生』という一石。5月2日のホームルームは一気に騒がしさを増し、華月も内心興味津々だった。


「転校生だって! こんな中途半端な時期に珍しいよね?」

「確かに。どんな子なんだろう……」


 前の席に座る歌子とひそひそ話し、華月は担任の京一郎の次の言葉を待った。

 京一郎はざわつく教室がある程度落ち着くのを待ち、廊下に向かって手招く。それを見ていたのか、一人の生徒が入って来た。

 教室の賑やかさが再び増す。入って来たのは、男子生徒だった。賑やかになったのは、彼の容姿にも一因がある。

 その転校生の前髪は、一部だけ染めたように白かった。他は真っ黒であるから若白髪というわけではないだろう。

 精悍で整った顔立ちと、細いが引き締まった体躯が女子たちの目を惹いている。


(不思議な髪の色……。ん?)


 ぼんやりと転校生を眺めていた華月だが、ふとかの転校生の目が自分を向いていることに気付く。気のせいかと思ったが、転校生は周りが不審に思わない程度の視線で華月を見ていた。

 転校生の焦げ茶色の目には、何かわずかに敵意のようなものがある。思い返しても、華月の知り合いの中に彼はいない。どうして敵意を向けられるのかわからず混乱する華月を他所に、京一郎による転校生の紹介が始まった。

 京一郎は、黒板に白いチョークで転校生の名前を書いていく。クラスメイトの誰もが、そのチョークの軌跡を追った。


白田しろた光輝みつきくんだ。これから、きみたちの新たな友人となる。みんな、宜しく頼むぞ」

「白田光輝です。皆さん、宜しくお願いします」


 軽く頭を下げた光輝に、盛大な拍手が降り注ぐ。華月はクラスメイトに追従しつつも、何処か不安を感じていた。


 ☾☾☾


 普段通りに授業が進み、昼休みとなった。

 華月たちが通う帳高校には、学生専用の食堂がある。売店もあり、学生たちは弁当を持って来るか食堂を利用するか売店で買うかを選ぶことが可能だ。

 食堂で使えるカードは事前に入金して使うもので、使い過ぎを防ぐ工夫がなされている。華月は食堂を利用する歌子かこと共に、自前の弁当箱を持って食堂を訪れた。


「先に席取ってて。行ってくる」

「うん。いってらっしゃい」


 昼休みが始まって間もなく、学生の姿はまだ少ない。授業終了と共にダッシュで来た華月は、歌子と自分の為に窓際の席を取った。


「……なあ」

「うわっ!?」


 背後から突然声をかけられ、華月は驚いて叫んだ。誰が急にと振り返ると、そこには転校生が立っていた。


「白田くん?」

「あんた、今日の放課後時間あるか?」


 目を瞬かせる華月に、光輝は問う。その真面目な態度に、華月は思わず頷いていた。帰宅後は夕食の準備をして宿題をするくらいで、時間を割くことは可能だ。


「あるけど、どうして?」

「話がある。放課後、中庭に頼む」

「わかった」


 華月が頷くと、光輝はわずかに表情を緩めた。


「じゃ、また後で」


 くるりと後ろを向き、光輝は何処かへ向かって歩いて行く。もうクラスの男子たちとは仲良くなったのか、数人のグループに合流するのが見えた。


「何なんだろ、話って」

「大丈夫、華月?」


 首を捻り椅子に座ろうとした華月の前に、トレイを持った歌子が立つ。トレイにはカレーライスとサラダが乗っている。飲み物は水筒の烏龍茶があるから必要ないのだろう。


「大丈夫って?」

「もう、転校生に声かけられてたでしょ。白田くん、無口でクールだからもう女子たちの人気集めてるんだ。それにかっこいいしね。だから、ほら」

「あ……」


 歌子に促され、華月は初めて気付く。自分が、食堂中の女子生徒の視線を集めていることに。その視線の鋭さに若干引きながら、華月は歌子と顔を見合わせた。


「た、食べたら早く出よ」

「うん。……頂きます」


 華月は弁当の蓋を開け、歌子はスプーンを持つ。いつもの倍くらいのスピードで食事を終えると、二人は一目散に教室へと駆け戻った。


 ☾☾☾


 そして、約束の放課後。

 部活へと向かう歌子と別れ、華月は一人で中庭に向かった。


「本当に、一緒に行かなくて良いの?」

「うん、大丈夫だよ。クラスメイトだし、仲良くなれるチャンスかもしれない」

「華月は前向きだなぁ」


 別れる間際まで華月を心配していた歌子だが、必ずメッセージで何があったかを報告することを条件に泣く泣く親友を送り出した。

 歌子の背中を見送りながら、華月は彼女に報告しなければならないもう一つのことを思っていた。


(わたしが魔王の娘ってこと、歌子に話した方が良いよね……)


 父から聞いた衝撃の事実を受け止め切れないまま、1ヶ月が過ぎようとしている。そろそろ、一人で抱えるには辛くなってきていた。


「とりあえず、待ち合わせ場所に行かないと」


 そう気を取り直し、華月は1本の楓の木が植えられた中庭にやって来たのだ。

 そこには既に光輝らしき少年がこちらに背を向けて立っていた。彼の足元には通学用のリュックが置かれている。


「来たか」

「白田、くん……?」


 朝から見てきた光輝と、何かが違う。その違和感の正体に気付いた時、華月はその場から横っ飛びに何かを躱した。

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