第6話 中庭の怪
光輝との衝撃的な放課後を経て、翌日。
華月はいつも通りの時間に目が覚め、眠気眼を擦りながら朝食のふりかけご飯を口に運んでいた。台所にいた明が、布巾を手に振り向く。
「眠そうだね、華月」
「うん、何か変な夢見てさ」
「変な夢?」
既に食べ終わった食器を片付けていた明が首を捻り、娘に話の続きを促す。頷くと、華月は「あのね」と味噌汁を喉に流し込んだ。
「真っ暗な場所に立っていて、誰もいないの。それで、周りはしとしと雨が降ってる」
「雨が」
「そう、雨。何となく知ってるような気がする場所なんだけど、思い出せなくて。で、わたしに何かが近付いて来るんだ」
華月が振り返ると、そこには巨大な黒い影。目のある辺りが爛々と黒く輝き、華月を見下ろしているのだ。
華月が「誰」かと尋ねても、反応はない。ただ、地響きのような音が彼女の頭に響く。
「その声が、わたしに言ってるような気がしたの。……『こちらに来い、来い』って」
「呼ばれて、華月はどうしたの?」
「わたしは、怖かったから『嫌だ』って答えた。そうしたら、大きな手を伸ばして来て、上から覆い被せられる──そう思って目を閉じたら朝だったんだ」
「……」
起きたら寝汗をかいていた。そう言って苦笑いする華月に対し、明は何処か思案顔だ。
「お父さん?」
「ん? ああ、ごめん。ちょっと考え事していたよ。食べ終わったのなら、歯を磨いて学校に行く支度を済ませてしまいなさい」
「はーい」
米粒一つ残さず完食すると、華月は食器をシンクのたらいに満たされた水の中に沈めた。毎朝出掛けるのが華月よりも遅い明が、朝御飯の準備と片付けをしてくれる。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。今日は遅くなるから、先にご飯食べて寝てなさい」
「わかった。気を付けてね」
「ありがとう」
手を振り、門を開けようとした華月が足を止める。どうしたのかと明が尋ねるより早く、華月が「忘れてた」と笑いながら振り返る。
「昨日、転校生が来たんだ。男の子。たぶん、仲良くなれると思う!」
「……そうか。たくさん友だちを増やして、楽しく過ごしなさい」
「うん!」
今度こそ、と華月が道へと飛び出していく。最寄りのバス停からバスに乗り、高校へと行くためだ。
華月を見送ってから、明は「転校生か」と呟く。この5月という中途半端な時期に、転校生とは珍しい。
「僕にも彼女のような力が少しでもあればよかったけど……。考えても仕方がないかな」
くすっと笑う。それから明は自分の出掛ける支度をするために、家の中へと消えていった。
☾☾☾
「おはよー、
「おはよ、華月」
教室に入ると、既に歌子が華月の机を占領していた。何で勝手に座っているのかと軽口を叩きつつ、華月は机の上にリュックを置く。
華月がリュックを開けるより早く、歌子が身を乗り出した。ぎょっとする華月にお構い無しで、歌子は声を潜める。
「ねえ、今朝中庭見たら立ち入り禁止になってたんだけど。張り紙が貼られて、何本もテープが貼張られてた。あれって、華月の昨日の用事と関係あ……」
「歌子、それも後で絶対話すから」
「……わかった」
肩を持たれて引き剥がされ、歌子は不満そうだ。
しかし華月も、人目の多い教室で話すわけにはいかない。立ち入り禁止は知らないが、心当たりはありすぎる程にある。
昨日、
耳を澄ませれば、教室内はその話題で持ちきりだ。
中庭は、正門から入れば通ることはない。しかし裏門を使う生徒や教師も少なからずいて、彼らが登校時に見付けたのだろう。
噂や不思議な話の好きな子どもたちにとって、大きなアクシデントでアトラクションのようなものだ。
「おお、白田おはよう」
「おはよう」
「なあなあ、聞いたか?」
不意に教室の入口付近で男子グループが声を上げる。それに応じたのは、白田光輝だ。グループの一人が、光輝を会話に誘う。
光輝の声を聞いた途端、華月の胸がびくっと反応する。思わず胸を押さえた華月に、歌子は胡乱な目を向けた。
「……っ」
「華月?」
「な、何でもない」
「そう? それでね……」
ふるふると頭を左右に振り、華月は歌子の詮索を躱す。話の続きを始めた歌子の目を盗み、華月はそっと光輝を横目に見た。
光輝は男子たちとの会話が楽しいのか、時折淡い笑みを見せる。その顔にどきりとして、華月はパッと視線を外した。
しばらくしてチャイムが鳴り、各々が席に着く。すると、タイミングを図っていたかのように教室前側の戸が開いた。
「おはよう、みんな」
「おはようございます」
入って来たのは、担任の間京一郎だ。彼の手にはプリントの束があり、教卓に到着すると同時にそれを列毎に配り始める。
華月も歌子から受け取り、ざっと目を通した。
「みんなももう知ってると思うが、今朝中庭の植木が何本か伐られていた。外部から夜間に侵入者があったという報告はないが、不審者の可能性もある。みんなも充分注意して欲しい。そのお願いのプリントだ」
京一郎の話を聞き、教室がざわつく。
歌子も振り返り、華月の方を見て声を潜めた。
「やっぱり、学校側も知ってたんだね」
「うん……」
写真こそないが、状況が文章で綴られている。華月は変な汗を背中に感じながら、そっと窓側の席に座る光輝を見た。
しかし光輝の外見には変化なく、淡々とプリントを読んでいるように見えた。我関せず、である。
「こら、まだホームルーム終わってないぞ」
「先生、植木だけじゃなくて壁も傷付いてたって聞きました。本当ですか?」
担任に
京一郎は誰にもばれないように、ちらりと華月と光輝を盗み見た。それは丁度、華月が光輝を見ていたのと同じ時。
(黒崎は兎も角、白田は……)
「秘密にしても、誰かが立ち入り禁止区域に入り込んで怪我するだろうな。
心の中で言うことと口に出す言葉を使い分け、京一郎はクラス全員に注意する。それでも入りそうな佐伯のような生徒向けに、ペナルティを課すことも忘れない。
「ちなみに、中庭には現在監視カメラが設置されている。それに映った者は、ペナルティとして半年間のトイレ掃除と先生の手伝いという楽しいボランティアが待っているからな」
「それ、どっこも楽しくないし!」
「そう思うなら、変な気は起こすなよ」
クックッと笑い、京一郎は釘を刺す。それでこの話を終わりにし、一限目の準備をと言い置いて教室を出ていった。
案の定、ホームルーム終了と同時に歌子がくるりと後ろを振り返った。
「華月!」
「歌子、後10分で授業」
「あ、待ってよ」
ざっくりと話を切られ、歌子は何処か不満げに理科のテキストとノート等を手に取った。彼女を待ち、華月は教室を出る。
その後も歌子の話をスルーし続け、華月は昼休みを向かえたのだった。
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