総務ヶ原の戦い 〜警備員の佐藤さんを添えて〜

サーモンハンバーグ

総務ヶ原の戦い 〜警備員の佐藤さんを添えて〜

 誰もいない、定時後数時間経ったオフィスの中で、俺は同期である鈴木と共に残業に励んでいた。


 彼とは向かいの席なので、嫌でもお互いの疲れた顔が見える。せめて、鈴木が可愛い女の子だったら、と何度思ったことか。


 時は二十二時過ぎ。昨日も一昨日も残業、しかも昨日は終電を逃して会社に泊まり。睡眠不足の俺たちの疲れはピークに達していた。


「田中ぁぁぁぁぁぁ、終わりそうかぁぁ」


 もうすでにおかしくなりかけている鈴木は、裏声を使い甲高いオペラ調で俺に話しかけてきた。


「終わんねーよ」


「ああん、田中冷たい」


 そう言って体をくねらせる鈴木のなんと腹立たしいことか。俺は彼を無視して、再び白い無機質な画面を睨んだ。


 エナジードリンクを一気飲みし、なんとかパソコンを打ち続ける。卓上には、空のエナジードリンク缶が四本。どう考えても飲み過ぎだ。


 鈴木の机には、俺の机と同様に缶コーヒーの空き缶が群れをなしていた。


 飲み物の飲み過ぎでトイレが近くなった俺は、席を立ち男子トイレへと向かった。


 チャックを下ろし、用を足す。もちろん社会の窓はきちんと閉めた。必要最低限の電気しかついていない寂しい廊下を歩き、自分の席に戻る。


 正面を見ると、そこに座っているはずの鈴木がいない。俺と入れ違いで、トイレにでもいったのだろうか。


 椅子に腰を下ろした瞬間、向かいの机から鈴木が飛び出してきた。


「田中! お命頂戴致す!!」


 そう言って彼は俺に何かを向けてきた。それは、支給品のださい、金属製のペーパーナイフだった。


「ハイヤー!」


 鈴木が俺に切りかかってきた。思わず自分のペーパーナイフを取り出し、応戦する。


 鈴木に当てられて、とうとう俺もおかしくなってしまった。オフィスで真剣に戦う二人。スーツで動いたせいで上がった体温がこもり、額にはうっすらと汗が滲んでいた。


 どかっと大きな音を立てて、鈴木が倒れた。


「鈴木、覚悟!」


 倒れた鈴木にとどめを刺そうとした、その瞬間。


「…………」


 入り口に誰かが立っている。


 警備員の佐藤さんが、なんとも言えない表情でこちらを見つめていた。


 俺たちの戦いは即座に中止された。その場に気をつけ、の姿勢で立ち尽くす。


「いや、これは……」


 俺が言い訳を考えていると、佐藤さんは、スッ……と懐から警棒を取り出した。


「えっ」


 俺と鈴木が声を合わせた瞬間、警棒を構えて彼は叫んだ。


「貴様ら悪人は、まとめて成敗致す!」


 彼の目の下をよく見るとひどいクマができている。彼も、寝不足で頭がおかしくなってしまったようだ。


「ここは一旦共闘だ、田中ァ!」


 こうして、再び戦いが始まった。


 そして、俺たち三人は終電を逃し、会社でお泊まり会をすることとなった。


 仕事は、終わらなかった。

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