【短編】あなたの寿命買い取ります。

aoi

第1話

「ここが噂の……」


 私はとある寂れた商店街の奥地へと来ていた。

 雰囲気はまさにアングラそのもので女子高生が1人で歩いていいような場所ではない。

 実際問題、向けられる視線は下品なものばかりだ。

 だけれどそれを押してでも私はここにくるべき理由が存在する。


「すいません! 誰かいませんか?」


 ここ数日焦りからか余り人と会話を交わしていなかったせいだろうか? やや自分の声に強張りを感じる。そんなことを考えながら暫く待っていると奥から中年とも青年とも取れるようなスーツ姿の男性が現れた。


「チッ、なんだよ。真っ昼間から煩いな」

「あの貴方が寿命買取人の方ですか?」

「あん? 誰だかしらねぇが俺はそんな意味のわからない商売はしてねぇよ。ここはパン屋だ」

「パンなんて一切見当たりませんけど……」

「なくても店主がそう言ったらそうなんだよ。ほらさっさとって……お前もしかして八幡高校の生徒か?」

「そうですけどそれがどうかしたんですか?」

「いやなんでもねぇ。八幡の生徒なら依頼受けてやるよ」

「本当ですか!?」

「男に二言はねぇよ。で内容は?」

「私の寿命全てを妹の寿命全てと入れ替えてください」

「……事情は知らんないがあんた正気か?」

「でなければこんなアングラなところへ華の女子高生が1人で来るとお思いですか?」


 店主は少し悩む素振りを見せながらタバコへ火をつける。


「因みにだがあんたの妹は生きているんだろうな」

「一応生きてはいます。ただ……」


 私はその先の言葉に詰まる。私の可愛い妹は生まれつき重たい心臓病を患っていた。

 余命15年。それが生まれた彼女に残されていた時間だ。そして今彼女は15歳を迎えようとしている。

 事情を伝えると店主がため息を吐きながらもう一本タバコに火をつける。随分とハイペースだ。


「悪い事は言わない。優しいお兄さんからの忠告だ。やめておけ」

「どうしてですか? 貴方は寿命を差し出せばその代償としてなんでもしてくれる、そう聞いていたのですが」

「それは間違いじゃねぇよ。俺は寿命を差し出してくれた依頼人の依頼を完璧に遂行する。ただ世の中無駄なことってあるんだ」

「それは妹がもう私の寿命程度では助からないってことですか?」

「いやそうは言ってねぇよ。だけれどだ。妹ちゃんは嬢ちゃんの寿命を捧げるに値する人物なのか? それをもう一度見分けてから俺の元へ来たほうがいいと思うぜ」


 私にはその言葉の意味が一片たりとも理解できなかった。可愛い妹の命が私程度の寿命で救えるのならそれは素晴らしいことだ。実際両親だって喜んでくれるはず。


「兎にも角にも今日は店じまいだ。また明日にでも答えを聞かせてくれや。学生なら時間はあるだろ?」


 待ってと懇願しようとした次の瞬間、私はもう大通りの歩道に立っていた。

 店から戻っても男の言っていたことが私にはさっぱり理解できない。

 私は私の愛する妹と両親の為に自分の寿命を犠牲に捧げる。素晴らしいことじゃない。


 ◆◆◆


「あら、棗どうだった?」

「あっお母さん、なんか色々と言われて断られちゃった。また明日来いって言われたから行ってくるよ」

「そう。棗は偉い子ね。冬ちゃんの為に自分の命を捨てられるんだもの」

「そうだよね! 私、何も間違ってないよね……」


 そう、何も間違ってはいないのだ。私は愛しい冬の為に寿命を冬に上げる。お母さんだってこんなに望んでくれているのに、どうしてあの人はそれを拒むんだろう。


 ◆◆◆


「それでお前はおめおめ帰ってきたのか」

「うん。気がついたらもう大通りに座ってて……」

「父さん、棗には失望したよ。お前なら約束を取り付けて冬を救ってくれると思っていたのに」

「お、落ち着いて父さ……」


 私が言葉を発し切る前に父からの平手打ちが飛んでくる。成人男性が本気を出したビンタだ。痛くないわけが無い。だけどこれは約束を取り付けられなかった私への罰だから仕方がない。私が悪いのだ。

 母も冬も後ろからその光景を笑いながら見ている。


「父さん! 明日また来いって言われてるの! 絶対に明日は取り付けてくるから!」


 一度なら耐えられたが二度も三度も無言で平手打ちをされると我慢強い私でも流石に痛みを感じた。

 だが私の言葉を聞いた途端、父の表情はパッと明るくなる。


「そうか! なら任せるよ。ごめんな、こんなぶっちゃって。父さん興奮しちゃってさ」

「う、うん。私頑張るから……」

「ああ! 頑張ってくれ」


 父はそれだけ言うと鼻歌を歌いながら風呂場へと消えていった。


 ◆◆◆


 次の日、私はまた寿命買取人の元を訪ねる。昨日の出来事が嘘のように簡単に辿り着くことができた。

 今日は父の平手打ちでできた青あざがまだ残っているので学校は休んだ。

 どちらにせよ答えはもう決まっている。


「あの、すいません。昨日訪ねた八幡高校の者ですけど」

「嬢ちゃんか。答えは出たのか?」

「はい! 私の寿命と妹の寿命を取り替えてください!」

「本当にいいんだな? これから10年20年先に嬢ちゃんに起こるかもしれない幸運や楽しい出来事を全て捨てて妹を救う。それで本当にいいんだな?」


 本当にいいのか。この人はきっと優しい。多分私が出会ってきた誰よりも。

 ただ私はもうこれ以上私は父に打たれたくもないし、お母さんのうすら笑いも見たくない。それを聞いて笑顔の冬も見たく……。あれ? 私なんで冬を助けようとしているんだっけ……?

 自然と目から涙が零れ落ちてくる。


「わ、私は」


 それでもと言いかけた私をそっとお兄さんは抱きしめた。久しぶりに人の温もりをまともに感じた気がする。人の温もりってこんなに暖かかったんだ。


「すまん。酷なことを嬢ちゃんにはしたな」


 私はその優しさに思わず引っ込みかけていた涙がもう一度溢れた。一度目の涙は悲しさからだが今度は嬉しくて涙が出る。

 嬉しくても涙って出るんだ……。私は人生で初めて嬉し泣きというものをしたかもしれない。


「泣いたってことは嬢ちゃんの中で何か疑問を抱いたんだろう。それで依頼はどうする?」

「ぐす……。無理を承知してお願いがあります」

「なんだ?」

「依頼は取り消します。ただ私をここで雇ってはくれませんか?」

「嬢ちゃんの新しい依頼はそれでいいんだな?」

「依頼? いえ、お願いです!」

「五月蝿いな。俺が依頼と言ったら依頼だ。前も言ったろ? ここは俺の店だ」

「代償は私の寿命ですか?」

「そんなアコギなことはしねぇよ。こういう時はきっちり当てがあるんだ当てが」

「そういうものなんですか」

「そういうもんだ。だからお前は今日からここに住み込みな。部屋は二階に幾らでも空きはあるから自由に使ってくれ」

「は、はい!」


 ◆◆◆


「さて、嬢ちゃんの代償を取り立てますか」


 俺はとある家のチャイムを鳴らす。


「はい! 何方でしょう?」

「あっ私ですね、棗さんから依頼を受けた寿命買取人です!」

「あっお話は聞いてますよ! どうぞどうぞ!」

「ではお邪魔します!」


 ◆◆◆


 ある日、閑静な住宅街から一つの家族が行方をくらました。数日学校へ来ていないことを心配した友人が家へ向かうとそこには空き家だけがあったという。

 その家族は仲睦まじく、難病を患った妹の為に治療費をせっせっと稼いでいた。

 だが時々、家から怒声が聞こえたりと不思議なことはあったがきっと近所の子供が何かいたずらをして怒られているだけだろうと思われていた。

 そんな家族は近所との関係も良好で評判上々だ。

 だからこそ不思議でならない。この家族は一体近所への挨拶もなしに何処へ姿を消してしまったのだろう。

 そういえば行方不明になる数日前家から悲鳴が聞こえたかと思えば不気味な男が出てきたらしいが。

 今回の失踪とはおそらく関係ないだろう。


 ◆◆◆


 男は暗闇の中でニヤリと笑い一言言葉を発する。


「今回もご依頼ありがとうございました」



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