第75話 次なる者

 関羽の斬撃は燃え盛るイフリートの肉体に、一筋、二筋と傷を付けていく。またジャンヌが連続して放つ火球は執拗にイフリートの顔面を狙い続け、イフリートの注意を逸らし続けた。


「……ただの聖獣の依り代かと思ったが、どうやらただの人間ではないようだな」


 攻撃を受けたイフリートが不機嫌そうに言う。


「ふん。ただの矮小な人間でなくて残念だな、炎の魔人よ。だがな、一つ訂正させてもらおうか」


 青龍はそう言って、青龍偃月刀の中へと宿った。そしてその中から再び語り掛ける。


『雲長は私の依り代ではない。私が認めた主だ』

「なんだと!?」


 聖獣の方が人間に従っていると聞き、イフリートは驚きを隠せない。


「おいオッサン! 余所見してんじゃねえ!」

「ガフッ!?」


 隙を見せたイフリートの横っ面に、ブリューナクの飛び蹴りが入る。ブリューナクもイフリートと同じように全身に炎を纏い、その威力は火球の比ではない。

 しかし、ブリューナクは納得いかない表情だ。


「あちゃあ、やっぱ属性が被ってると威力が相殺されちまう。思ったほどのダメージが出ねえぜ」

「それでもさっさと決めないと! サラディンがもたないわよ?」

「分かってらぁ!」


 そんなやり取りをしているジャンヌとブリューナクに、巨大な拳が振り下ろされた。それを間一髪飛びのいて躱す二人。そこへさらに追撃の踏みつけ攻撃に移るイフリート。


「させぬよ!」

 

 関羽が踏みつけようとした足に向かって斬撃を飛ばす。その斬撃は傷は付けるもののダメージは軽微。しかし、イフリートの動きを一瞬止めるには十分だった。その隙にジャンヌとブリューナクは悠々と回避する。

 ジャンヌ、ブリューナクと関羽のコンビネーションはイフリートに攻撃をさせず、しかしジャンヌと関羽もまた攻撃の決め手がない。二人は次第に焦りを感じていた。


「もっと接近して直接斬りつけられればよいのだがな」

「そうですが、あの炎が鎧替わりになっていて面倒ですね」


 外側からちまちまと攻撃していても決定打に欠ける。それは関羽とジャンヌの共通した認識だった。しかも青龍の属性は相性が悪すぎて使えないし、ブリューナクも属性のアドバンテージはない。


「火傷覚悟で斬り込むしかなさそうだな」

「そうですね。後でまたナイチンゲールさんのお世話になりそうです」


 このままでは埒が明かない。二人は肉を切らせて骨を断つ。これを地で行く覚悟を決めた。


*****


 サラディンは夢の中を浮遊していた。


「おい、起きろ。いつまで寝てるつもりだ」

「んん~、なんじゃ? 儂は眠いんじゃ」


 全てを優しく包み込むような、そんな大きくて暖かい何かの存在がサラディンを起こそうとする。


「起きろと言っている。仲間の窮地にお前だけがそうやって寝ていてよいのか?」

「窮地……じゃと?」

「そうだ。ミト様は落とされ、ジャンヌ様と関羽様は決め手に欠け苦戦している。お前がこのまま目覚めねば、ヘキサゴンは瘴気の穴に飲み込まれるだろうな」


 その話を聞いてサラディンはハッとする。

 あの三戸が落とされた? そんなバカな。 ジャンヌと関羽が苦戦? あり得ない。あの二人の覚醒後の力は尋常ではない。


「お前が呑気に寝ている間に何が起こっているか、見せてやろう」


 サラディンの脳裏に映像が映し出される。

 黒翼の天使の赤い光線が三戸の乗る機体を掠め、爆発する様を。

 地上に這い出てきた悪魔がイフリートへと姿を変え、ジャンヌと関羽が激闘を繰り広げている様を。

 そして力を使い果たし、未だ目覚めぬリチャードと、彼に付きそうエクスカリバーとナイチンゲールの姿を。

 

「まあ、お前がそのまま寝ていたとて、誰もお前を責めはしないだろうがな。なにせこのヘキサゴンを浮かべているのだから」


 その『何か』は皮肉を込めてそう語る。


「……仕方ないのぅ。儂が寝てる間に終わっとると思ったが」


 サラディンはそう言いながらむくりと身体を起こす。もちろん夢の中だ。そういう認識・・であるという事だが。


「ところでお主はなんじゃ? 姿くらい見せんかい」


 続けてサラディンは、先程から自分に語り掛けてくる『何か』に問いかける。いや、何者かなど重々承知の上だ。


「フ……お前が目を覚ましたら会えるよ」


 声の主がそう言うと、サラディンはふっと目を覚ます。


「……お主がジハードか」


 目覚めたサラディンの目の前にいたのは、六匹の仔犬を従えた可愛らしい少女だった。

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