第72話 炎の魔人

「キサマタチ……ナゼジャマヲスル?」


 その悪魔は『言葉』を吐いた。よくテレビなどで個人が特定されないように加工されたような、エフェクターを通したような、そんな声。

 ジャンヌも関羽も、『悪魔』が言葉によるコミュニケーションを諮ってきた事に驚きを隠せない。


「……まさか話してくるとは思いませんでした」

「うむ。やはり今までの敵とは違うということか」


 悪魔の問いかけに直接答えを返す事なく、ジャンヌと関羽は油断なく得物を構える。その傍らにはブリューナクと青龍が具現化していた。鳥人と龍人の姿だ。


「コタエヨ……ナニユエワレラノジャマヲスルカ」


 再び悪魔は問いかける。しかしそれに答えたのはジャンヌでも関羽でもなく、ブリューナクだった。


「はっ! なんだよ、喋れるから少しは賢いのかと思ったのによ! アタマ悪ィな、てめえ」


 続いて青龍も鼻で笑いながら答える。


「ふん……なぜ、だと? そんなもの、貴様らが攻めてくるからに決まっているではないか」


 ――ハーッハッハッハッハ!


 二人の相棒は腰に手を当て、のけ反って笑った。それを見た悪魔は、無言で左手の杖を左右に振るう。ジャンヌと関羽に、それぞれ一発ずつの巨大な火球が放たれた。

 ジャンヌと関羽はすかさず相棒の前に躍り出た。


「これならブリューナクの方が熱そうね!」


 ジャンヌが槍を突き出すと、速射砲のように火球が連射される。その大きさは悪魔の放った火球と比べるまでもなく小さい。

 しかし、彼女の放った火球は悪魔のそれに連続して命中し、見事に相殺することに成功した。さらにジャンヌの火球は、悪魔の火球を相殺して尚数発生きており、それが悪魔に向かって肉薄していった。


「あら? 悪魔の火球って思ったより弱かった?」

「バーカ。俺もお前も火の属性だ。二人の属性は相乗効果で『炎』になってんだよ」

「へえ……」


 ジャンヌの独り言に答えたブリューナクの言葉に、ジャンヌの口角が吊り上がる。


 一方、関羽は上段に構えた青龍偃月刀を火球に向けて一気に振り下ろす。


「ぬん!」


 その強烈な刃風は火球を真っ二つに斬り裂き、関羽の左右に逸れていく。


「ほう? 雲長、身を挺して私を守ってくれたのか?」

「お前の属性は木であろう? 火には弱いのではと思ってな」

「ふふふ。愛いヤツめ。だが心配無用。あんな鈍い火球に当たるほど、私はノロマではないよ」


 そのように言う青龍だが、関羽の言動が明らかに嬉しかったらしく、表情は崩れている。それを見た関羽も薄く笑ったが、すぐさま表情を引き締めた。


「さて、悪魔退治と参ろうか」


 関羽と青龍が悪魔に向かって駆けていく。その逆方向からはジャンヌの火球が悪魔へと迫っていた。悪魔はそれを躱そうとする。


「させぬよ」


 青龍がそう呟くと、悪魔の足下の草が蔓のように伸びていき、悪魔の行動を阻害した。


「ヌウ?」


 避けようとするが、足を絡めとられて動けない悪魔が忌々しそうに足下をみるが、既に目前まで迫っている火球の対処をしなくてはならない。やむを得ず、悪魔は手にした巨大な戦斧を盾替わりに火球を受け止めようとした。


「グヌウウ……」


 悪魔は火球を受け止めた戦斧を見る。受け止めた部分は飴のようにドロリと溶けており、もはや刃物としては使い物にはならない。しかし、その超重量は鈍器として使えば未だ脅威ではある。


「手も封じさせてもらおう」


 青龍の発した言葉と共に、先程と同じように足下から伸びた蔓が這い登り、悪魔の腕を雁字搦めにする。


「いや、いっその事斬り落としてしまおうぞ」


 関羽が石附を大地に突き立てる。関羽の属性『斬』が、悪魔を縛り付けている蔓に注がれていく。鋭い刃と化した蔓は悪魔の肉体を斬り落とそうとその肉に食い込んでいった。


「グヌアアァァァァ!」


 悪魔が全身に力を込めて絶叫した。力を込めることによりその筋肉は硬度を増し、斬り落とそうとする蔓に抵抗しようとする。


「む? かなり固いようだな。致し方なし」


 関羽はこのままでは埒が明かないと見たか、青龍偃月刀を手に、悪魔に躍りかからんとした。


「斬れないなら焼き尽くす!」


 一方ジャンヌも関羽の動きを見て、反対側から槍を構えて悪魔に肉薄する。しかし、二人があと一歩で間合いに入るというタイミングでそれは起こった。


「「――!?」」


 ジャンヌもブリューナクも属性を使った攻撃はしていないにも関わらず、悪魔の身体が炎に包まれた。拘束していた蔓は焼き尽くされ、自由が戻った悪魔は笑みを浮かべた。


「よもや人間如きにこの真の姿で戦わせられるとはな。誇るがいいぞ、矮小なる人間共よ」


 炎に包まれたままの悪魔は、先程よりも聞き取りやすい声で話す。そしてこれが真の姿たと言う。ならばこの悪魔は燃やされているのではなく『火』そのものだという事になる。


「てめえ……まさか炎の魔人、イフリートか!」


 ブリューナクの声が戦場に響き渡る。

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