第71話 天使と悪魔

 火器管制に集中したアンジーの力は絶大だった。

 六基のciws。

 二輌のガンタンク。多数の迫撃砲と対地、対空ミサイル。これら全てを完全に制御し、陸空双方の魔物に大打撃を与えている。


「あの様子だとヘキサゴンは大丈夫そうだな。こっちを全力で片付けねえと」


 F-2を操縦している三戸は、雑魚魔物を撃ち落としながらも空爆を並行して行い、これもまた空と陸の魔物を肉片に変えていく。


(確かにのファントムと比べればどこをとっても負けるトコはないが……)


 この『ヴァイパー・ゼロ』を操縦してみての三戸の印象は、こんなものだったか? である。彼もこれと同型機の操縦は経験があるが、その時はもっとこう……センセーショナルだった気がする。

 結局彼の基地には新型のF-2は配備されず、基地司令もまた彼を手放したくなかった為、三戸はその後この機体に乗る機会はなかった。


(まあ、あの魔改造されたファントムの味を経験しちまったら、どんな新鋭機だろうが物足りなくなるんだろうがな)


 そんな贅沢な悩みを抱えながら三戸は空中の巣穴から舞い降りてきたモノに照準を合わせた。


*****


「……まるで天使ですね。翼を除けば」


 巣穴から降下してきた魔物を見てジャンヌが呟く。


「天使……とは?」


 キリスト教に縁がない関羽には、天使と言われてもピンとこない。


「神様の使いです。あのように背中に翼があり、強大な力を持っているとか」


 全くもってジャンヌの言う通り、その姿を表現するならば『天使』というのが最も適切だろう。外観的には人間と変わらないバランスで、手足と頭、それに胴体。しかし顔には表情がなく、というか、目も鼻も口もなく、青磁のようにつるりとしていた。

 身体も同じようにどこか無機質で、衣服を待っておらず、見た限りではやはり器官というものが存在していないように見える。


「ただ、天使と言っても堕天使の方でしょうね……」


 ジャンヌがそう断言するのは、天使の最大の特徴である背中に生えた二枚の翼。全身が白っぽいにも関わらず、翼だけは漆黒。ジャンヌが言うように、堕天して翼の色が闇に染まってしまった。そんな禍々しさを発している。

 そしてさらに、目測で身長が十メートル程はあるだろうか。今の所は空中に佇んでいるだけだが、どう見ても人類に友好的な存在とは思えない。


「ふふ。それがしには分からぬが、アレはミトが落とすであろうよ。我らは下にいるデカいモグラを退治しようではないか」

「そうですね! 行きましょう! ちょっとは骨がありそうだわ!」


 ジャンヌと関羽がふわりと城壁から飛び降りた。浮上している分も含めれば優に三十メートルは超えている高さだが、二人は上手く衝撃を殺して静かに着地した。

 そして巣穴から這い出してきたそのモノを見据える。


「ふ、天から来るのが堕天使なら、地獄から這い出てくるのは悪魔ってことかしら?」

「なるほど、なんとも醜悪な姿よな」


 やはり十メートルを超える巨躯を持ち、辛うじて人型をしているが、人と呼べるパーツは胴体と手くらいだろうか。山羊のような顔に羊のような巻き角。身体中毛むくじゃらで足は牛のようで蹄がある。尾もあるがそれは紛れもない蛇である。身長と同じくらい、つまり十メートル以上ある大蛇だ。


「しかし、今までのデーモンクラスとは訳が違うようだな」

「そうですね。燃やし甲斐がありますよ」

「うむ。切り刻み甲斐がありそうだ」


 関羽の言う通り、明らかにデーモンクラスとは格が違うと言わんばかりの圧力を放っている。右手に巨大な斧、左手には丸太程もありそうな杖。物理攻撃のみならず、魔術すら使う事を予想させた。


「むっ!?」


 先に動いたのは『悪魔』のほうだった。いきなりノーモーションで手にした斧を投げつけてくる。さらに避けられる事を見越してか、左手の杖から巨大な火球が二発放つ。そしてすぐさま間合いを詰める為に跳躍した。


「手強い!」


 投擲された斧を避けるために後方へ跳躍したジャンヌと関羽目掛けて迫る火球。着地の瞬間を狙った絶妙なタイミング。


「ちいっ!」


 着地の直前、関羽が青龍偃月刀を振るう。すると、関羽とジャンヌの前をバリケードが塞ぐように一瞬で巨木が生えた。しかし悪魔が放った火球はすぐさまバリケードの木を焼き尽くしてしまった。一瞬で巨木が炭化する恐るべき熱量。

 だが、その一瞬があれば体勢を立て直すには十分だった。

 すでにジャンヌと関羽は左右から悪魔を挟む位置に移動している。それぞれ獲物を構え直し、鋭い視線で悪魔を見据えていた。

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