第67話 陽動、総攻撃、さらに奇襲
「落ち着けーっ! みんな伏せてじっとするんだ!」
突然の強い揺れで、難民キャンプはパニック状態になっていた。しかし、幸いにもこのヘキサゴンの中には倒壊するような建築物はない。運が悪くてもテントの下敷きになるくらいで大怪我の可能性は低いだろう。それよりも心配なのは、パニックになって走り回り、ぶつかったり転倒したりする方だ。よって、三戸はその場で伏せるよう叫んで走り回った。
「マスター! 直上です!」
何かを察知したアンジーの叫び声に反応した三戸が真上を見上げる。
「バカな……瘴気の穴が開きかけている!?」
見上げた先には、赤紫色に渦巻く瘴気の穴が徐々に広がりつつあった。
(くっ……まさか真上から来るとはな。どうする!? 今から避難しても……)
三戸は頭の中で最善策を探す。
(直上から攻撃に対して避難? どこに? 迎撃? それはしなくちゃならんだろうが、巣穴に攻撃すれはボスが出てくる……それじゃあ難民が巻き添えを食らっちまう。どうする? どうする!?)
「マスター……」
妙案が浮かばずにひたすら焦る三戸を、心配そうに見つめるアンジー。その時拡声器でも使ったかのような大声がヘキサゴン内に響き渡った。
「狼狽えるでないわ! 少し、大人しくしておれ!」
リチャードである。大きな揺れと頭上で渦巻く瘴気の穴にパニックになっていた難民達が静まり返った。
「力を貸せ! エクスカリバー!」
リチャードがそう叫びながらエクスカリバーを大地に突き立てる。己の中にある全ての力を剣を通じて大地に流し込んでいるかのようだ。
毛細血管が破裂しているのか、眼球は赤く染まり、鼻血を流しながらもリチャードは『何か』をしようとしている。
「ぬぅっ! ぐ……ぬああああ!」
全身をビキビキと痙攣させながら、さらにリチャードが力を込めると、上空の瘴気の穴が西に向けて移動していった。
(巣穴がわざわざ直上から移動する? 違うな。地面そのものが動いているのか!)
ここに来て、三戸はリチャードの意図を理解した。直上から魔物が降って来たのでは対処のしようがないが、ヘキサゴンそのものの位置をズラせば籠城戦も可能になる。そして間一髪、ヘキサゴンが数百メートル移動したタイミングで、瘴気の穴から魔物が降下してきた。
「すごいですね……ヘキサゴンを丸ごと移動させるだなんて……」
アンジーが感心しているが、地震はまだ収まっていないし、三度魔物が襲撃してきた事で難民の動揺はピークに達している。
「はあ、はあ……今少し、今少しもってくれよ!」
しかし、リチャードの仕事はまだ終わってはいないらしい。鬼気迫る表情でひたすらにエクスカリバーに力を込め続けている。すると、ヘキサゴン内部が徐々に薄暗くなってきた。また天変地異かと難民達は怯える事しかできない。
だが、しばらく経つと何が起こっているのか理解できるようになってくる。どうも、リチャードが操る土がヘキサゴン内部の居住区をドーム状に覆っているらしい。
「なるほど。上空からの侵入を防ぐ訳か」
内部が真っ暗ではなく薄暗い程度なのは、天井部分に小さな穴が無数に空いており、採光と換気の役目を果たしているようだ。この極限状態でよくここまで冷静に考えられるものだと三戸は感心する。考えるだけで何も出来なかった自分とは大違いだとも。
全天を土のドームが覆ったところで、リチャードがゆっくりと崩れ落ちる。エクスカリバーが人化して彼を受け止めた。
「ナイチンゲール様! ナイチンゲール様! どうかリチャードを助けて下さい!」
リチャードを受け止めた褐色の美女は、涙ながらにナイチンゲールに訴えかける。取り乱したその様子から、かなり無理をしていたのが分かる。大きな揺れの中、
「ふ、ふふ……何を泣いておるかバカ者め……少し、疲れただけである。だがミトよ……余はしばらく使い物にならぬようだ。あとは頼んだぞ……」
そこまで言うと、リチャードがガックリと脱力してしまった。
「リチャード! リチャード!」
エクスカリバーが必死に彼を揺り起こそうとする。
「大丈夫です。気を失っただけです。ですが消耗が激しすぎますね。しばらく『気』を補充しながら安静にする必要があるでしょう」
ドクターの木箱から聴診器を取り出していたナイチンゲールが言った。
しかし、安静と言ってもこの揺れだ。地震は一向に収まる気配がない。その時、リチャードとエクスカリバー、ナイチンゲールの身体がふよふよと宙に浮いた。
「お主らはそこでゆるりと休んでおれ。あとは儂等に任せい」
揺れから解放されたエクスカリバーとナイチンゲールがぺこりとサラディンに一礼すると、彼は三戸に向き直る。いつもの飄々とした感じではなく、覇気が漲る猛将といった感じだ。
「いつまでも取り乱しておるでないぞ? 敵が空となればお主の力は必須なのじゃ」
言われた三戸の方も薄く笑みを浮かべながら返した。
「もちろんだ。空は俺とアンジーのフィールドだ」
「はいっ!」
アンジーもぐっと拳を握って気合十分。
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