第66話 見つからない瘴気の穴
「
自己紹介を終えて黒馬の姿に戻ったエクスカリバーだが、結局のところ何がどのように覚醒したのか今一つピンと来ていない者もいる。
例えばジャンヌとブリューナクのコンビの場合ならば、ジャンヌがブリューナクの『使い方』を正確に把握していなかった事。関羽の場合は自分の属性を誤解していた事。そこをクリアーしたおかげで覚醒出来たと本人達も周囲もそう思っている。
そこで、一体何がどうなったのか、リチャードとエクスカリバーに質問攻撃が始まった。その答えが冒頭の台詞である。
「エクスカリバーは土属性であり、その使い方は間違っていなかった。しかし、余は自分自身の『使い方』を誤っていたのだ」
リチャードが言うには、はっきりとはしていないが自分も恐らく土属性だろうと。このあたりの関係性はジャンヌとブリューナクの関係に似ている。
「余は『王』故な、守るものが多くあった。臣民しかり、領地しかり、そして聖地もまたしかり」
十字軍遠征はリチャードが攻め込んだ形だが、あくまでも異教徒から聖地を奪還し、守る為の戦いであったという事らしい。
「それ故に、余はこの力を守る為に使うという事に縛られすぎておった。しかし、気付かされたのよ、こやつにな」
そう言って、リチャードはちらりと黒馬姿のエクスカリバーに目をやった。
『この男の本質は守りではなく、突撃。
エクスカリバーがリチャードに応える形でそう言うが、丁寧な語り口とは裏腹に、主人であるリチャードを『この男』呼ばわりするのが周囲の苦笑を誘う。当のリチャードは苦々しい表情だ。
「つまりあれか? 本来の自分の在り方を取り戻したことが覚醒につながり、覚醒したことで本来の戦い方を取り戻したと?」
三戸がそう問いかけると、一人と一頭がコクコクと頷いた。
「なるほど、
ふぉふぉふぉふぉふぉ、と笑いながらサラディンがそう言うと、意外にもリチャードがそれに同意した。
「余もあの好色爺の意見に一理あるとおも――あだだだだ!?」
リチャードが全てを言い終わらないうちに、エクスカリバーは彼の頭をガブリと咥え、そのままペイッと後ろに放り投げた。リチャードもかなりの大男だし、甲冑も着込んでいて相当の重量があるはずだが。
『申し訳ありません、サラディン様。人間の姿ではあのバカが鼻の下を伸ばして使い物にならなくなりますので。どうかあの姿でいることをお許し下さい』
リチャードのいなくなったこの場だけは、また黒髪褐色の美女の姿に戻っている。
「う、うむ。しかし、容赦ないのぅ……」
あまりと言えばあまりの扱いに、思わず周囲から笑いが起こる。しかし、その笑いの輪の中に加わっていないものが一人だけいた。三戸がその一人に歩み寄って声を掛ける。
「どうだ? 捕捉できそうか?」
「すみません、マスター。まだ……」
「そうか。アンジー、そろそろ朝飯にしよう」
「……はいっ!」
アンジーは一人、南の海岸線の方を見ながら魔物の巣を探していた。しかし、あの瘴気の穴はレーダーで捕捉できるようなものではないらしく、アンジーも苦戦していた。
(全滅させたのは間違いだったか?)
生き残りを泳がせて、巣の場所を特定できたかもしれない。三戸はそこに思い至り、奥歯をギリリと噛みしめる。虎牢関では魔物を泳がせ発見。ドーバー海峡と死海の場合は魔物の出現場所から割り出した。つまり、いずれも魔物の存在ありきで巣穴を発見したのであり、こちらから先手を打てた事は事実上皆無だ。
(全て受け身か……自衛隊時代と一緒だな)
そこに思い至ると、三戸の気持ちがふと軽くなった。ここは並行世界であり、自分はもう自衛官でもない。しかし、やる事は変わらない。先手を打てないじれったさはあるが、こちらの世界では自分を縛る憲法もない。チャンスがあれば守るためにブチかます。
「じーーーーっ」
「ん?」
並んで歩いていたアンジーが、トコトコと三戸の前に回り込み、不思議そうな顔で覗き込んできた。
「マスター、考え事ですか?」
「ああ。アンジーは可愛いなってな」
「かっ、かわっ!?」
アンジーの色白の肌が桃色に染まる。両手を頬に当て、頭から湯気が出るようだ。その湯気が出そうな頭をぽふぽふと優しく叩く三戸。彼の行為は愛娘をあしらうような感覚でやった事だ。しかしアンジーにとってはこの上なく嬉しいことだったらしい。彼女はもじもじしながら三戸の後ろを付いてきている。
「可愛い……あんじーは可愛い……うふふふっ! あっ! 録音しておけばっ!」
後ろでアンジーがコロコロと表情を変えているなど知る由もない三戸は、防壁からヘキサゴン内部へと降りようとしていた。
――ゴゴゴゴゴ……
その時、激しい地鳴りが聞こえてきた。次いで大きな揺れがヘキサゴンを襲う。
「地震か!?」
三戸の体感で震度5、あるいは震度6くらいはあるだろうか。
妻子を失った天災が、三戸の頭を過るのだった
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