第60話 ヘキサゴン大攻防戦③

 圧倒的優位で進めていた戦闘も、次第に物量差がモノを言ってくるのが戦いというものでもある。敵が自らの損害を顧みずに、全力で攻めてくるなら尚更だ。

 魔物達の被害は甚大。空堀も魔物の死骸で埋まるのでないかという程だ。それでも波状攻撃を仕掛けてくる魔物の大群に対応する狙撃兵は少ない。弾薬の心配はまだまだ必要ないが、疲労は目に見えてきた。


「アンジー、敵の数は?」

「はい、二千は減りましたが……マスター?」


 アンジーの答えを聞いて、三戸は考え込んだ。考え込んでいる間もciwsは稼働し続け、兵達も必死で銃撃している。サラディンもジハードの能力を駆使して魔物の動きを阻害したり、空から落としたりして大打撃を与えている。


「どうやら、今回は退く気はないみたいだ。どっちかが死ぬまでのデスマッチをご所望のようだぜ」


 三戸のその発言にはそれなりの根拠がある。普通の戦争であれば、大損害を被る、または非常に不利な状況に陥った場合は撤退するのが常道だ。全員突撃、玉砕上等なんて話は退路もない籠城戦で追い詰められた側のヤケクソの論理だ。

 しかも魔物達は攻める側、自分達は籠城する側だ。魔物は逃げようと思えばいくらでもそう出来る。それにそうした知恵だって持っている。考えられる事はただ一つ、魔物は今回の侵攻で全て片付けるつもりなのだろう。


「まあ、魔物が何の意図があって魔界から侵攻してくるのか、それが謎なんだけどな」


 そこへ、ガシャガシャと金属音を鳴らしながらリチャードが近付いてきた。


「兵達も疲れているようだ。余が休む時間を稼いでこよう」

「それがしもお供致す」

「あら、それなら私も。アンジー、ミト。銃撃は少しの間休んでて。サラディン殿も休んで下さい」


 更に関羽とジャンヌも続く。三人は驚異的な跳躍力で防壁から飛び降り、空堀の向こう側へ着地した。


「よし、全員撃ち方やめ! 少しの間休憩しとけ!」


 三戸の合図で全員が銃を降ろすと、すかさずナイチンゲールは『ドクター』の注射器から暖かい光を照射した。


「おお……疲れが癒えていく……」

「いや、むしろ力が漲ってくるぞ!」


 兵達のこの反応を見て、三戸は少し不安になった。何というか、違法薬物を連想させる効果と似ている気がする。


「それ、ヤバいクスリじゃねえよな……?」

「ヤバいクスリが何かは分かりませんが、ただの疲労回復成分ですよ?」


 大戦中の兵士や労働者が疲労回復や戦意高揚、その他の効果を期待して覚醒剤を使用していたのは有名な話だ。ただ、当時はその危険性が認識されていなかっただけの話である。大戦前の人物であるナイチンゲールが、それを知らずに使用した可能性は捨てきれない。


「多分それ、あんまり多用しない方がいいヤツだ」

「……?」

「あとで説明するよ」


 不思議そうな顔をするナイチンゲールに、三戸は軽く笑いながら答えた。


*****


「さて、エクスカリバーよ。いつまでもヘソを曲げている場合ではないぞ? 余と共に民を救う為に力を示さんか!」


 ズズゥン! と着地したリチャードは、豪華なマントを翻し、腰のエクスカリバーを抜き放つ。続いて左右に関羽とジャンヌが着地した。


「それでは中央はお任せ致す。それがしは左翼を受け持とう」

「では私は右翼で」

「おう! 正面は余に任せい!」


 左右に散っていく関羽とジャンヌを見送ると、リチャードはエクスカリバーを地面に突き立てた。


「まずは挨拶代わり! 喰らえェェェェイ!!」


 突き立てたエクスカリバーに自らの意志を伝えるように、リチャードは握った柄に力を籠める。

 ドドドドドッ――という地響きと共に、エクスカリバーを突き刺した地面から先に地割れが走っていく。

 突然足元の地面が無くなった魔物達は地割れに飲み込まれ、為す術もない。


「ぬん!」


 リチャードがエクスカリバーを引き抜くと、地面は元にもどり、飲み込まれた多くの魔物は圧殺された。


「さあ! このリチャード自らが土葬に処してくれる! 遠慮せずにかかって来るがよい!」


 まるで魔物を煽るように、立てた人差し指をクイクイと自分に向けて動かすと、怒り心頭の魔物達がリチャードに向かって殺到する。


「ふん、この脳筋めらが!」


 自分の事を棚に上げたリチャードが、今度はエクスカリバーを横一文字に振るった。すると今度は横方向に大地が割れる。同じように地割れに飲み込まれていく魔物達。


「ふはははは! 懲りぬヤツらよな! どれ、余が墓標を立ててやろう!」


 落ちた魔物を圧し潰しながら地割れが元に戻ると、その場で地面が盛り上がり、土で出来た十字架が出現した。

 しかし、そのスキを突いたか、リチャードに向かって二発の瘴気弾が飛来する。右と左、どちらか片方に対応すれば、もう片方が被弾する。そういう絶妙のタイミングだ。


 ――ビチュン、ビチュン!


「ふん、無駄な事を」


 その二発の瘴気弾はリチャードに届く事はなかった。彼の左右から土がせりあがり、土の盾となってリチャードを守ったのである。


「さあ! このリチャードの鉄壁を抜けるものなら抜いてみよ! ここから後ろへは一歩も通すつもりはないがなぁ!」


 月明かりを反射して煌めくエクスカリバーを天に翳し、獅子心王リチャード一世の無双劇が今始まろうとしていた。

 

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