第61話 ヘキサゴン大攻防戦④
「ふふ、あの御仁、今回はいつにも増して燃えているようだな」
『そのようだ。ここはひとつ、リチャード様に花を持たせてやるか?」
「うむ」
左翼に走った関羽が、魔物を斬り伏せながら青龍偃月刀の中にいる青龍と話していた。
今回のリチャードはいつになく気合が入っている。正面に迫りくる魔物の大群を相手に一歩も退かず、ヘキサゴンには傷一つ付けさせてなるものかという気迫。
「まさに鉄壁よな。あれは、エクスカリバーが不機嫌な事も関係しておるのか?」
関羽が青龍に訊ねると、青龍偃月刀に宿っている状態で表情は分からないが、明らかに苦笑している声色で彼女が答える。
『そうさな。中々覚醒してくれないリチャード様に対して少々不満があるようだ。また、リチャード様も今回の戦いでエクスカリバーにご自分を認めさせようとしているのだろう』
「ならば尚更それがしは裏方に回ろうか」
近付く魔物を纏めて数体一刀両断にし、周囲に間合いを作った関羽が青龍偃月刀の石附を地面に突き立て吠えた。
「青龍よ、力を貸せ! 大地に根を張る命達よ! 我が意のままに!」
すると、ザワザワと木々や草花が動き出した。魔物の軍団がこれ以上左側に広がらぬよう、バリケードを形作っていく。無論、魔物もその植物の奇妙な動きに抵抗しようとするが、それは関羽の属性『斬』が許さない。
「そうはいかぬよ」
関羽は突き立てた青龍偃月刀に気を流す。すると関羽の支配するフィールドの全ての枝葉が鋭利な刃物と化した。刀剣そのものと化した草木のバリケードによって、魔物達は中央に押し込まれる以外にどうしようもなくなってしまう。
「これぞ枝葉斬滅陣!」
『う~ん……』
得意気に技の名前を叫ぶ関羽に、微妙な反応を示す青龍だった。
*****
一方、右翼に走ったジャンヌの方は近距離は槍で付き焼き尽くす、中長距離は飛ばしたブリューナクで焼き尽くすといった、放火魔のような戦いで魔物を圧倒していた。
『なあ、ジャンヌ。どうやら関羽様は、リチャード様のバックアップに回るようだぜ?』
「あら、そう。じゃあ私もそうしようかしら?」
ジャンヌも不機嫌そうだったエクスカリバーの様子を思い出した。そして妙に気合が入っているリチャードの意図も。そうなれば、やる事は決まってくる。
『そうは言っても、お前の能力は局地戦向きだぞ?』
ブリューナクが言うように、関羽のようなフィールドを支配して敵を包囲するような能力はジャンヌにはない。
「こっちにいる敵を怯ませて、中央に押し込めばいいんでしょ?」
『そうだけどよ……』
「頑張ってね! ブリューナク!」
『は!?』
ジャンヌは手にしたブリューナクを全力で横に薙いだ。穂先からは炎が噴き出し、近付く魔物の足元に着火した。その炎は瞬く間に燃え広がり、炎の牢獄と化す。
「これでこっちには逃げて来られないでしょ。あとはあなたが飛んで魔物を中央に追いやるの」
『ナルホドネー……』
続いてジャンヌがブリューナクを突き出すと、やはり穂先から炎が噴き出した。しかし先程とは違ってそれは炎の鳥。猛スピードで飛び去ったその炎の鳥は、自在に動き回り魔物を追いやっていた。
*****
徐々に敵の密度が増してくる。実際戦っていてそれは実感していた。
地形操作ですら捌ききれなくなってきて、ついにはエクスカリバーで直接斬り結ぶケースも増えてきたし、土の盾も削られる程の瘴気弾を浴びている。それでも致命傷が避けられているのは、防壁上からの三戸の援護射撃のお陰だろう。今この瞬間も、瘴気弾を発射しようとして大口を開けていた魔物の頭が吹き飛んだところだ。間髪入れずにもう一体の魔物も倒れた事から、アンジーも狙撃に参加してると思われる。
「これは、関羽と、ジャンヌ、両人の愛の鞭という訳だな!」
敵の動きが自分に集中している事から、二人が魔物をこちらに追いやっている事は容易に想像できる。そしてそれが自分への覚醒を促す援護である事も。
「ぐぬう! 小癪な! 余は獅子心王リチャード一世であるぞ!」
魔物の一体が突き出したトライデントの一撃が、リチャードの頬を掠める。リチャードはそのトライデントの柄を左手で掴んで引き寄せ、魔物の首を斬り飛ばす。
『なんだそのザマは。情けないな』
傷を負ったリチャードを貶すような言葉を吐いたのは、エクスカリバーだった。
『大体、お前は私の力を理解しておらんからこれしきの事で苦戦するのだ』
「やかましいわ! 忙しい故に黙っておれ!」
魔物の大群を一手に引き受け、背後に自ら作った堀を背負い、それでも一歩も退かない戦いを見せるリチャードにかなり辛辣な言葉を投げかけるエクスカリバー。
『まあ聞け』
エクスカリバーはそう言うと、リチャードの身体をすっぽりと土のドームで覆ってしまった。大きさは五メートル四方はあるだろうか。
「ぬ? これでは敵を倒せぬではないか!」
『大丈夫さ。少しの間、関羽様、それにジャンヌ様、三戸様が時間を稼ぐだろう』
「むう」
『お前は青龍とブリューナクの覚醒を見て、自分もそうありたいと願っていたな?』
それはエクスカリバーの言う通りであり、ジャンヌと関羽の特訓に付き合ったり、ヘキサゴンの周囲を堀で囲ったりしたのも、何かをせねばならないという焦りと、自分も強くなりたいという願いからだった。
『もっとも、あのお二方は瀕死になるまで追い込まれる事で覚醒する切っ掛けを掴まれた。しかしお前はまだそこまでではないなぁ?』
「……」
『だがお前の願いと、民を守らんとする思い、そしてそれこそが王たる者の務めであるという誇り。それに免じて今回ばかりは力を貸そう』
エクスカリバーがそこまで言うと、剣からスルリと霊気が抜けていく感覚がした。
「私の属性は『土』。今までのお前の戦い方は間違ってはいない。私を使い熟すという意味ではな。しかし、それはお前の秘めた力は一切関与していない」
リチャードが声の方向に顔を向ける。いつの間にか、巨大な黒馬が背後に立っていた。
そのあまりに見事な馬体に、リチャードは感嘆のため息をつく。黒光りする美しい毛並みは濡れているようだ。たてがみもあくまで黒く、闇のなかでさえ輝いて見える。引き締まったその身体は、どれだけの馬力を秘めているのか想像もつかない。
「貴様が……エクスカリバーに宿りし者か」
「ああ。初めましてだな」
土のドームの中、獅子心王リチャードが、初めて目にする自分の相棒の姿に目を輝かせていた。
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