第59話 ヘキサゴン大攻防戦②

 三戸の砲撃を皮切りに、魔物がヘキサゴンに向かって進軍してきた。


「アンジー、数は把握できるか?」

「えっと……はい! 約八千と言ったところです!」

「やれやれ、長丁場になりそうだな……」


 八千と聞いた志願兵達が一瞬ざわついた。しかし、三戸の反応が思った以上に通常と変わらなかったため、すぐに動揺は収まった。


「ミト殿! 八千ともなると、こちらで準備した弾薬が不足してしまいますが……」


 隊長だけは心配そうな表情……いや、暗視スコープを装着しているので表情までは計り知れないが、声色は明らかに困惑している。しかしそれでも三戸は態度を変えることはない。


「ああ、大丈夫だろ。現地登用組は、こっちの弾幕を潜り抜けて接近してきたやつらを狙撃してくれればいい。それほど多くは通さないがな」


 そういう三戸がニッと笑うのを暗視スコープ越しに見る隊長。この人達は八千の魔物と聞いて恐ろしくはないのだろうか。コンスタンチノープルが壊滅させられた時でさえ、魔物の軍勢はそれほどいなかったはずだ。


「ミト殿……その自信の根拠をお聞かせ願いますか」


 別にこの隊長は三戸達の事を疑っている訳ではないだろう。安心するに値する証拠を提示してほしい。それだけの事だ。


「そうだなぁ。アンジー、そろそろいいだろ。仰角マイナス、ciwsで迎撃!」

「はいっ!」


 ヘキサゴンの六つの頂点に配置されたciws。そのうちの三基が西側に砲身を向けつつ、射角を調整している。先程の三戸の砲撃もそうだが、こちらの世界の常識では絶対に届くはずのない敵までの距離。


「撃ちます!」


 しかし、アンジーの合図で攻撃が開始された。暗視スコープでも認識できない距離の敵を目掛けて銃弾が連続して放たれる。そして彼方から、魔物の怒声と悲鳴が聞こえてきた。


「……とまあ、こっちに他辿り着く前に、かなりの数を減らせる。そして、お前らの持つそのMINIMIだな」

「はあ……」

「ほら、ボサっとしてないで迎撃!」

「は……? はっ!」


 三戸に言われて、ようやく自分が持ち場を離れている事に気付いたのか、隊長が持ち場に駆け戻っていく。


「いいかー? その暗視スコープで敵が確認できる距離になったら撃ち方はじめだ!」


 続いて、ciwsの弾幕を逃れて接近してきた魔物をMINIMI二十丁の銃撃が襲う。それすらも運よく逃れた魔物がさらに接近してくるが、今度は有志の兵達の銃撃が待っていた。

 しかし魔物もただでやられてばかりではなかった。散開して銃撃を逃れ、瘴気弾の射程内まで近付いてくる者もいた。闇夜では視認する事の難しい瘴気弾が飛んでくる。幸い兵達に直撃はしなかったが、一瞬銃撃を止めるには十分な援護となった。

 しかし、銃撃のスキを突いて突撃してくる魔物達が悲鳴をあげる。そう、彼らを待っていたのリチャードによる空堀だった。それは魔物にとってはまさに奈落の底。堀に気付いて急停止する者もいたが、後ろから殺到してくる魔物に押され、堀に落とされてしまう。

 ようやく事態が飲み込めた魔物が堀の手前で進軍を躊躇するが、それは防壁上からのいい的にすぎない。

 その間も、三戸はアンジーからM24狙撃ライフルを出してもらい、瘴気弾を放つ魔物を優先的に片付けていた。


「ほっほっほ。儂等の出番があるかのう?」


 戦況を見ていたサラディンがそう呟く。


「あるさ。数の暴力ってのは思った以上に後々効いてくる。それはあんただって分かってるだろ?」

「ふむふむ。油断しとる訳ではないようじゃの。よろしい。儂もそろそろ動こうか」


 三戸の答えに満足気に頷いたサラディンが、ジハードを抜きながら防壁の最前列まで進み出た。


「儂がちょっとばかし手助けしてやるわい」


 サラディンが上段に構えたジハードを垂直に振り下ろすと、五十メートル四方の範囲内の魔物がべしゃりと何かに潰されたように動かなくなる。


「ほれ、今のうちに狙い撃つのじゃ」


 有志の兵達にそう声を掛ける。命中率の高くない現地の銃でも、動かぬ的に当てるのはそう難しくはない。次々と屠られていく魔物を見て、サラディンは次の行動を起こした。

 さらにジハードを縦横に振りまわすと、地面に立っていた別の集団がふよふよと浮き狩り、堀の上空まで誘導された。


「そりゃ!」


 そして先程と同じように、上段から一気に振り下ろす。そしていきなり重力の恩恵を受けることになった魔物達の運命は。


「うわぁ……」

「こりゃ……」


 狙撃中の志願兵が目を背けるほどの惨劇。鋭い石槍が待ち構える堀の底へ急降下していった魔物達は、残らず串刺しとなった。

 現状、防壁まで到達できた魔物はいない。この圧倒的優勢な状態で、ナイチンゲールがやや肩の力を抜いたようだ。


「このまま私の出番がなければいいですね」

「そう上手くはいかないだろうなぁ」


 三戸は周囲に見せている態度とは裏腹に、厳しく戦況を評価していた。今は火力で勝っているが、人間は疲労に耐えられなくなる。そうなった時に戦況が逆転する可能性だってあるし、死海の上空で戦ったトンボ型魔物のように、かなりの大物が出てくる可能性もある。


「ま、油断大敵ってヤツさ」


 そう言いながら、三戸はまた一体の魔物にヘッドショットを決めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る