第32話 ニュータイ〇か!
「さて、俺達も働くかね」
質素ながらも最大限心の籠った朝食を平らげた三戸達は、シスター達に報いるために何かしら出来ないかと思案した。
シスター達にレーションを与えて謝礼とするのは何か違う気がする。彼女達が求めているのはそんな事ではないだろう。取り敢えず、何か手伝える事があるかもしれないと思い、ナイチンゲールが患者を治療しているであろう、大聖堂へと向かった。
「おおっ!」
大聖堂へ足を踏み入れようとしたところで、三戸が感嘆の声をあげた。他のメンバーもその三戸の視線を追い、息を飲む。
ナイチンゲールの全身が、うっすらと輝いていた。その姿は天から舞い降りた神の使いかはたまた神そのものか。それほどの神々しさを纏っている。
彼女は、装着した聴診器を椅子に座った患者たちに翳していた。一人一人にではない。大聖堂内にいる全員の様子を
ナイチンゲールは合掌した手を、ゆっくりと離しはじめる。開いた掌の間には、あの木箱の中にあった注射器が浮かんでいた。まるでマジックを見ているようである。彼女はさらに手と手の間隔を広げていく。
一本、二本、三本……
手と手の間隔が開いていく程に、間で浮かんでいる注射器がその数を増やしていく。そしてナイチンゲールが肩幅にまで手を広げた時、注射器の数は十本にまで増えていた。
「すげえな。本当にタネも仕掛けもないイリュージョンを見ている気分だぜ」
思わず三戸がそう零す。また、患者たちも目も、まるで神を崇めるような、そんな目をしている。
「ナイチンゲール様の真骨頂はここからですよ?」
シスターの一人が、ナイチンゲールから視線を外さずにそう言った。これから起こる事を見逃すまい。そんな真剣な表情である。その視線の先にいるナイチンゲールは、両手を天に向かって掲げた。十本の注射器が彼女の頭上に等間隔で整列して浮いている。
「容体の悪い者から癒すのです……」
ナイチンゲールが頭上に浮いた注射器に指示を出す。すると、注射器達は各々がターゲットを探すかのように角度を変えた。
「行きなさい!
彼女がそう言って翳した両手を振り下ろす。
――ヒュン! ヒュンヒュン!
すると注射器達は
「アンジー、あの注射器は自律型のAIみたいなモンか?」
「いえ……どうやらナイチンゲール様の脳波によってコントロールされているようですよ?」
「なん……だと?」
アンジーの答えに三戸は驚愕した。十本もの注射器を脳波で遠隔操作している。それがどれほど困難なものか、彼には想像もできない。
ナイチンゲールが目を閉じているのは、恐らく視界から余計な情報が入るのをシャットアウトする為だろうと察する三戸。それほどに集中力が必要であろう事だけは想像できた。
「まるで宇宙で暮らすようになって、覚醒した人類みたいですねっ! ニュータイp――」
「おっとそこまでだ」
患者の頭上に移動した注射器が、その針の先から何やら暖かい光を降り注いでいるのを見ながら、三戸はアンジーの口を塞ぐ。
注射器からの光を浴びた患者はみるみる血色が良くなっていく。
やがて光を注ぎ終えた注射器が、ナイチンゲールへと戻ってきた。今まで誰も気付いていなかったが、彼女の足元には、例の木箱が開いた状態で置かれていた。注射器達は自らその箱へと収納されていく。もしかすると、たった今ナイチンゲールが木箱を出現させたのかもしれない。
注射器が全て収納されると、ナイチンゲールは目を開き、大きく息を吐いた。エプロンのポケットからハンカチを出して額の汗を拭う。見るからに、かなり疲労しているようだ。そこへ、今しがた治療を終えたばかりの十人が近付き、礼を述べて離れていく。
「これを、ずっとやっておられるのか?」
関羽が近くにいたシスターに聞いた。
「はい。今の御業はこちらから見ても相当に過酷なもののように感じられますので、お止めしたのですが……精魂尽き果てるまでお続けになられます」
「むう……」
関羽も難しい顔で唸るのみ。
しかしここが彼女の戦場であり、患者を癒す事が彼女の戦いであるならば、それを止める事ができるだろうか。三戸は自問する。魔物を駆逐し、世界を救う。それは
「ここで俺達のやれる事はなさそうだ。みんな行こうか。体力、有り余ってるだろ?」
ナイチンゲールの意志は、第三者が何を言っても覆せるものではない。そう判断した三戸は、茶目っ気のある笑みを浮かべながら一行を高機動車に押し込み、適当な場所を求めて出発した。
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