第31話 一欠片のチーズ
三戸が運転する高機動車は、ナイチンゲールの案内に従って小高い丘の上に見える教会へと向かっていた。市街地を走行しながら街の様子を見た限り、街並みそのものには被害はないが、首都から大量の難民が流れ込んできたために道端に座り込んでいる人がやたらと多い。
「マスター、どうにか出来ないでしょうか?」
アンジーがちらりと三戸を向きながら問いかけるが、三戸もそれに対する答えを持ち合わせてはいない。いや、答えならあるのだが、三戸にどうこう出来る話ではないのである。
「アンジーさん。それは街や国の指導者がどうにかする事でしょう。
三戸に代わってナイチンゲールが苦笑しながら答えた。その内容も三戸が考えていた事とほぼ同じ。つまり『国が動くべき』。それが三戸の持つ答えだ。付け加えるならば、自分達には『国を動かす力』があり、それを行使すれば、アンジーの言う『どうにか』する事は可能だろう。
「俺達は瘴気の穴を見つけて探す。そしてそれをぶっ潰す。それが仕事さ。政治の事はよく分からんし、この世界の人間でもないからな。必要以上の介入は軽々しくするべきじゃないと思う」
「そう、ですね。申し訳ありませんでした」
アンジーは三戸の言葉を聞いてしょんぼりしてしまう。それを見て、コイツのどこにAIの要素があるんだよ、と苦笑する三戸だが、フォロー入れろとのじっとりとした無言の圧力と視線が、ナイチンゲールから飛んでくる。
「ご、ごほん! いや、アンジーがそう思えるのは、お前がこの上なく優しく純粋だからだ。俺達大人は色々と計算高くなっちまうからなぁ」
「あら、ミトはまだ十代に見えますが?」
ナイチンゲールが不思議そうな顔だ。確かに見た目十代後半の三戸が『俺達大人』などと言っても、本当の大人から見れば片腹痛いかもしれない。しかし、これまであまり気に留めた事はないが、全員が享年の状態でこちらに来た訳ではなさそうな事に気付く。もっとも顕著なのが他でもない、ナイチンゲール本人だ。
記録によればナイチンゲールは享年九十歳。だが今のナイチンゲールはどう見ても三十前後。
「死んだのは四十半ばなんです。身体は若返ったんですが、精神的には中年ですよ」
そう答えながら思い付いたのは、飛ばされた年代と、その時に活躍していた姿がリンクしているのではないかという事。例えば関羽なら黄巾の乱当時の年齢。ジャンヌは英仏百年戦争で活躍した年齢と火刑に処された年齢があまり変わらないので、見た目年齢もそう違わない。そしてナイチンゲールはクリミア戦争に従軍していた当時の年齢。
そう考えると、やはり自分は特殊なのだと三戸は思う。ここにいる
「そう言えば。私もですね。死んだのは九十ですが、クリミア戦争当時は三十半ばでした」
三十半ばにしては随分見た目が若いなと思った三戸だが、多分『神様補正』というヤツなのだろうと納得させる。現に、他の者も超人的な身体能力を備えているのだ。多少若く見えるくらいは些細な事だ。
そうこうしているうちに教会へ到着した。高機動車から降りていく三戸やナイチンゲール達を教会のシスター達が出迎えにきた。
教会の中の様子は前世で見たチャペルの中と然程様子は変わらない。中央に通路があり、両サイドには参列者用の長椅子が数多く並んでいる。二百人程は入れそうな大きな教会だ。通路の奥には祭壇のような物がある。あそこで聖職者が説法などをするのだろう。
そして、通路の両サイドの椅子には多くの怪我人と思しき人達が座っている。中にはかなりの重傷患者もいるようだ。
「それでは皆様。私はこの中の人達を治療しますので。ここにいるシスター達に従って別室の方へどうぞ」
教会の入り口でそう言って一礼したナイチンゲールは、教会の中へと入っていった。
「皆様、こちらへどうぞ」
代わってシスターの一人が三戸達を案内する。裏口のような所から中へ入ると、そこは食堂のような所だった。長テーブルに椅子。食器戸棚に簡素な厨房。
「粗末な物ですが、どうぞお召し上がり下さい」
適当に座った三戸達へ、パンとチーズ、そしてスープが振舞われた。一緒にシスター達も朝食を摂るようだが、彼女達にはチーズはない。この事からも、この街の食糧事情が良くない事が察せられる。
三戸達の為に、かなりの無理をして捻出した一欠片のチーズ。
「ナイチンゲール様が降臨され、無償の愛で怪我人を救ったことから、多少なりとも善意の寄付や支援がございます」
そう言ってシスターはにっこりと笑う。辛く苦しいのは皆一緒だが、その皆でこの苦境を乗り切ろうという意思が見える。だがしかし。コンスタンティノープルの軍が壊滅した今、魔物が再度侵攻してきたら。
「なあみんな、一宿一飯の恩義には応えねえとな!」
三戸が立ち上がり声を上げる。
「そうです! このブリューナクの力は民を守る為のもの!」
「うむ。武人は刃によって義に応えようぞ」
ジャンヌと関羽がそう応えれば。
「まあ、余には恩も義も関係ないがな。王として、民を虐げる魔物を駆逐するは義務である」
「ここに降り立ったのはここで成すべき事があるからじゃろう。この街の民の傷と空腹を癒すのがそれなのか、魔物の巣穴を潰すのがそれなのか、はたまた両方か。ミトよ。儂等にはどちらも出来るのう?」
当たり前の事を言うなと言わんばかりのリチャード一世と、微妙に含みを持たせるサラディン。
「私は、どこまでもマスターに付いていきますっ!」
アンジーは両手を胸の前で握りながら気合い入れた。
「ははは。そういう事なのでこの一欠片のチーズの分、存分に働かせてもらいますから、遠慮なくご馳走になります」
三戸がそう言うと、全員で朝食に齧り付いた。
思えば久しぶりの『料理』である。質素とは言え、レーションとはまた違った美味さだった。特に、一欠片のチーズが。
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