第30話 足手まといなんてとんでもない話だ
いきなり空間から取り出した、ナイチンゲールが手に持つ木箱。その行為自体はアンジーがよくやっているので驚きはないし、取り出したのが木箱であれば、それがナイチンゲールの相棒である可能性が高い。しかし、木箱とは。
「それは……?」
三戸の問いかけに、ナイチンゲールは静かに木箱を開いた。
「生前、クリミア戦争時に使っていたものです」
中には聴診器と注射器。それだけが入っていた。
「包帯や薬など、消耗品はなくなってしまいましたが、これだけは大切に保管していました。そしてこれが私の『相棒』です」
昔の人から見れば、それは奇妙な器具に映っただろう。関羽達が興味深そうに覗き込む。
「本来私は看護する者であり、医師ではありません。しかし、これらの器具があれば患者を癒す力を得られます。なので、この相棒の名前は『ドクター』と」
言い得て妙だと三戸は思った。ナースに過ぎない自分にドクターの力を与えてくれる相棒。そしてこのナイチンゲールが一行に加わってくれる事になれば、彼女は大きな役割を果たすことだろう。
「さっきも言った通り、私は治療しか出来ません。人々を助けるという意味では
彼女はそう自嘲しながら寂し気な笑みを浮かべた。恐らく、あの神に人々を救えと言われてこちらの世界に送り込まれたのだろう。しかし、自分の出来る事は一時凌ぎにすぎない。魔物をどうにかしなければ同じことが繰り返される。
それは違う。三戸は明確に反論できる材料を持っていた。
「ナイチンゲールさん。俺達は戦うことしかできません。しかも相手にするのは人間よりはるかにヤバい連中です。でも、俺達が怪我をしたら、誰が治してくれるんでしょうね?」
三戸の言葉を聞いて、ナイチンゲールはハッとした。
「ははは。俺達は怪我もしなければ死にもしないと思ってましたか?」
「いえ、そんな事は……」
面白そうに返す三戸。思いもしなかった事を突き付けられて戸惑うナイチンゲール。
「それに
「そう……なのですか?」
「まあ、こんな話をしといて何なんですが、俺達と一緒に来てくれませんか? 後方支援として」
ついさっき、敵に回る
「ふふふ、自分を信じて付いてこい、そういう訳ですね? いっそ清々しいですね」
「いや、俺は神様に人質を取られているんですよ。やらなくちゃいけないんだ。だから仲間が欲しいんです」
崇高な理念がある訳じゃない。正義の味方を気取っている訳でもない。全てはやがて生まれ来る妻子の魂の生きる場所を救うため。
他の連中は純粋に世界の為に戦っているかもしれない。また、己の欲求が世界を救う行動に繋がってるだけの者もいるだろう。
三戸の中では彼らに対して仲間意識はあるし、打算で共に戦っているつもりもないが、目的のためには仲間は多い方がいいとは思っている。彼らがどんな考えでいようとも。
「……戦う力のない私が、
「……?」
「ここにいる私のところにあなた方が現れた。それはきっと、あなた方と共に行けとの神の思し召しなのでしょう」
確かにそうなのだろうな、と三戸は思う。そして、支援回復系とも言えるナイチンゲールを仲間に加えるこの展開は、今後の戦いが更に過酷なものになるという事を予感させる。恐らく、自分も含めた仲間が傷付くような激しい戦いが待っているはずだ。
「……よろしくお願いしますね、ミト」
「こちらこそ」
二人が握手を交わしたところで、リチャード一世が声を掛けてきた。
「話はまとまったようだな! そろそろ朝食と洒落込みたいのだが?」
「うむ。それがしも空腹でな」
そこに関羽も便乗してくる。
「それならば、皆様教会までお越し下さい。粗末ですが朝食を振舞わせていただきましょう」
配給に市民が群がる程にこの街は困窮しているのではないかと思った三戸だが、ここは好意に甘えようと思い、アンジーに高機動車を出すよう指示した。人員輸送タイプで定員は十名。チヌークをどこかへ消し去ったアンジーは、入れ替わりで出現させた高機動車のドアを開け、ナイチンゲールを迎え入れた。
「どうぞ、ナイチンゲール様」
「あら、ありがとう」
こうして高機動車に乗り込んだ一同は、教会へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます