第33話 戦うだけが仕事じゃない
高機動車を走らせながら、三戸は周囲に目を凝らす。
「お、ここら辺にするか」
三戸が車を停めたのは、近くに泉がある開けた草原。
「アンジー、ここに色々出してくれ」
「はいっ! 色々ですね?」
「ああ、色々だ」
そんな三戸とアンジーのやり取りを見て、思わずジャンヌが突っ込む。
「ねえ、アンジー。それで分かるの?」
「はいっ! 私とマスターは以心伝心なんです!」
そう言いながら、ポンポンと何かを出現させるアンジー。それを見ていた三戸が声を掛ける。
「おーい、男ども! 仕事だぞー!」
アンジーが出していたのは、宿営用天幕と病院天幕。三戸はそれを手際よく広げて、関羽やリチャード一世、サラディンと共に組み立てていく。一般人がキャンプなどで使うものに比べるとかなり大型のテントだが、この四人の男達は人外のパワーを発揮して次々と設営していく。
「なるほど。宿がない人々の為の宿営地という事ですか。さすがですね」
ジャンヌはまるで冗談のようなスピードで次々と増えていくテントを見ながら感心していた。
「ジャンヌ様はこちらをお手伝いお願いしますね」
そう言ってアンジーは泉の方へと歩いていく。そして出現させたのは大きなトラック。荷台の部分にはなにやら機械が積んである。そして半球型のドームのようなもの。
「これは?」
「はい! これはお水を綺麗にして飲めるようにする設備なんです! あのドームのようなものは水を溜めておくタンクです!」
まずは衛生面の改善。これは生前のナイチンゲールが率先して行った事でもある。不衛生さが致死率に加速をかける。だからナイチンゲールは徹底して掃除を行った。
「そしてやっぱり基本はお水です! お水は飲料水としてだけでなく、傷口を洗ったり体を清めたりもしますよね? お水が汚いと、それだけ怪我が悪化したり、病気になりやすくなったりしますから!」
泉の湧き水をそのまま使うのではなく、浄化してから使う。なるほど、と思うジャンヌだった。
そして二人は、ホースを連結させて水場を作る。
「これで寝る場所と水の問題はクリアです!」
その他にも、被災地の映像などでよく見かける野外入浴セットや、カレーや豚汁などの炊き出しで活躍している野外炊具なども出現させ、かなりの人数が集団生活を行えるだけの簡易施設が完成した。
「よし、この場はまあこんなモンだろ。食料の問題は後で考えるとして、難民が雨露を凌げる場所は確保できた訳だ」
三戸が満足気に宿営地を見ながら額の汗を拭く。
「これが全てミト殿の所属していた組織で使用していたものなのか」
関羽も顎鬚を撫でつけながら感心しているようだ。
三戸は自衛隊と軍隊とは違うと言っていたが、アンジーや三戸の戦闘力を見ればその言葉に説得力はない。しかし、こうして人々の助けとなる活動を前提にした装備品が数多くある所を目の当たりにしてしまうと、やはり普通の軍隊とは一線を画した組織なのだろうと納得させられてしまう。
「そんな訳で関さんとジャンヌ。二人にはここで留守番をしてて欲しいんだ。折角作ったのに魔物に荒らされちゃたまんねえからな。俺達は難民をたくさん拉致してここに連れてくるからさ」
「拉致ってミト。それはちょっと……」
「うむ。ここの守りは我らに任せよ」
ジャンヌは三戸の物言いに苦笑だが、関羽はドンと胸を叩いて頼もしい事この上ない。
アンジーが数食分のレーションを二人に渡し、三戸達は高機動車に乗り込む。
「それじゃ、頼んだ!」
留守居の二人に手を振り、高機動車は市街地へと戻っていった。
*****
教会へと戻った三戸達は、ナイチンゲールの治療がまだ継続中なのを見て、一人のシスターに声をかけた。
「あとでちょっとナイチンゲールに相談があるんだ。一段落ついたら俺達の所へ来てくれるよう伝えてくれないか? あの様子じゃナイチンゲール本人まで倒れちまう。それじゃあ本末転倒だからな。無理矢理にでも連れてきてくれ」
額に汗を浮かべ、険しい表情で注射器を飛ばしては治療を続けているナイチンゲール。相当に無理をしていることが見ているだけで分かってしまう。患者は残り五十人程だが、後回しにされているという事は軽傷なのだろう。悪いが我慢してもらおうと三戸は考える。
そして丁度今、十本の注射器がナイチンゲールの足元の木箱へと舞い戻った。すかさずそこへシスター二人が駆け寄る。さらにこの教会のシスター達を取りまとめていると思われる、年配のシスターが大聖堂に残る患者達に声をかけた。
「治療をお待ちの皆様! 申し訳ありませんが本日はここまでとさせていただきます! 御覧の通り、ナイチンゲール様は不休で奇跡をおこしておられますが、気力体力共に限界に近付いておられるのです」
その声に患者達がざわつく。少しばかりの不満の述べる声も聞こえたが、さすがにナイチンゲールの状態は見て分かるのだろう。多くは大人しく引き下がり、その場で休むべく長椅子に横たわった。
「何を勝手な事を……私はまだまだやれます!」
「いいえ、ミト様が無理矢理にでも休ませろとの仰せですので」
そんな成り行きに不満を露わにしたのはナイチンゲールの方だった。しかしそれを満面の笑顔で聞き流すシスター達。半ば羽交い絞めに近い形でナイチンゲールを連れてくる。
「一体どういう事ですか!? まだ患者は残っているのに!」
ナイチンゲールはもの凄い剣幕で三戸に食ってかかってきた。それを見たアンジーが殺気を溢れさせる。どこまでいっても三戸ファーストなアンジーだった。
「アンジー、残ってる患者さん達に毛布と食事を配ってきてくれないか?」
「……分かりました、マスター」
不機嫌さを隠そうともせず、ぷりぷりと怒りながらも患者のいる方へ向かっていくアンジーに苦笑しながら、三戸は人差し指で軽くナイチンゲールの額を小突いた。
「あっ……と、何を!」
小突いたと言っても、ほんの少し触れる程度。しかしナイチンゲールはそれに抗う事が出来ずによろめいてしまう。
「客観的に見て、今日はもう休んだ方がいいですよ」
「……そうですね。身の丈に余る力を手に入れたせいで、舞い上がってしまっていたようです」
ナイチンゲールは深く腰を折り、三戸に従って大聖堂を後にした。
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