第7話 海岸線の決戦

「こういうのは元を絶たなきゃ同じ事の繰り返しだからな。害虫駆除は巣穴を潰すのが一番なのさ」

「なるほど。受けてばかりでは不利になるばかり。攻撃は最大の防御という訳ですね」

「そういう事。今まではジャンヌ一人で孤軍奮闘だったが今度は俺達もいる。力は有効活用しないとな」


 三戸、アンジー、ジャンヌの三人は、ドーバー海峡へ向かう前に腹ごしらえをすべくカレーの街を歩いていた。しかし、やはり魔物の侵攻を受けている為か物資も不足しているようで、あまり買い溜めするのも憚れる。そこで三戸は重要な事に気が付いた。


「アンジー、ジャンヌ。そう言えば俺はこの世界の通貨を持っていない……」

「ああ……そう言えば私もそうでした。私は街の為に魔物と戦っているので、衣食住は街の皆さんがお世話して下さるのですが……お金は然程持ち合わせてはいないのです」

「マスター? 贅沢を言わなければレーションならほぼ無限にお出しする事ができますが?」


 その手があったか、と三戸は安堵した。味に関しては好みに個人差があるだろうが、バリエーションは結構豊富なので暫くはしのげるだろう。レーションとは戦闘糧食の事で、主に缶詰やレトルトなどの保存食だ。

 三人はカレーの街を出て少し歩き、あまり人目に付かない場所で食事を始めた。

 それにしてもアンジーが有能で便利すぎる。まるで異空間から取り出しているかのようにポンポンと缶詰やレトルトを出してくる彼女を見ていると、自分達に世界を救わせようとする神の本気度が窺えて三戸は苦い顔をする。便利で優秀な相棒を付けてやったのだからきっちり世界を救って見せろと、そういうプレッシャーのようなものを感じなくもない。

 温めた缶メシを食いながらの三戸の表情に気付いたアンジーが、心配そうに言った。


「マスター、お口に合いませんでしたか?」

「いや、生前の事を思い出していた。死ぬまでの数か月、殆ど点滴と流動食だけだったからな。レーションも凄く美味く感じるよ」


 アンジーの顔を見て咄嗟に言い訳する三戸。だが缶メシが美味かったのは本当だった。むしろ心配なのはジャンヌだろう。


「ジャンヌはこの食事は大丈夫かい?」

「はい! 凄く美味しいです! ミトの時代の軍人はこのように美味しいものを戦場で食べていたのですね。もしこの時代にこの食事が供給されるのならば、軍に志願する者が後を絶たないですよ」


 確か、ジャンヌが処刑されたのは十九やそこらの時だったと三戸は記憶している。だが凛とした表情や落ち着いた佇まいは、もっと大人の女性の雰囲気を醸し出していた。しかし、美味しそうに食事を続けるジャンヌは年相応の娘に見える。こちらの方が素の表情なのだろう。

 魔物の侵攻の影響か、ジャンヌの言葉から食料事情が良くない事も分かってしまうし、いつもジャンヌが気を張っているだろう事も察してしまった三戸とアンジーは表情を曇らせる。


(キイィィン……)


 ブリューナクが鳴いた。


「魔物を駆逐すれば、民もいつかは腹いっぱい食える日が来るだろう、そう言っていますよ?」


 ジャンヌがブリューナクの言葉を伝えてくれた。


(そんな事を言われたら気合が入っちまうだろうが……)


 三戸の唇がニヤリと弧を描く。


△▼△


 ドーバー海峡。フランス側ではカレー海峡と言うらしい。海岸線を歩く三人の表情は一様に険しい。何と言うか、息苦しいのだ。瘴気が濃いとでも言うべきか。


「……アレか。あんなモノがあるのに今まで誰も気付かなかったのか?」


 三戸は当然の疑問を呈する。なにせ、空中に瘴気渦巻く赤黒い穴が開いているのだ。気付かない方がおかしい。


「魔物は海からやって来る。この経験則から何度も斥候を送ったのですが、戻って来る事は無かったそうです。そして人々は諦め、守る事に専念しました」

「アンジー。ファントムモードへ。陸自のパンツァーファウスト出してくれ。あの気持ち悪い穴にぶち込んでやる」


 三戸の指示でアンジーが戦闘モードへと移行する。すると、彼女の身体を光の粒子が包み込み、先程のファントムモードの装甲と武装が装備されていた。『戦闘機娘』といった表現が相当だろうか。例によって20mm機関砲をぶら下げている。

 それを見たジャンヌもブリューナクを手に取ると、身体が白銀の甲冑に包まれた。

 三戸は白兵戦を想定して迷彩服を着込んでいるが、何故か彼は自分で着替えていた。神の悪意を感じなくもない。


「よし、ぶち込むぞ」


 三戸はパンツァーファウストを構え発射する。当然のことながら、パイロットである三戸はこのような武装は使い慣れてはいないのだが、アンジーのアシストのおかげだろうか。あっさりと使いこなす。

 発射された弾頭は瘴気の穴に吸い込まれていった。そして爆発音。

 アンジーにより、弾頭付きのパンツァーファウストを次々と供給されている三戸は、とっかえひっかえ片っ端から撃ち込んでいく。程なくして穴から魔物が溢れ出して来た。


「構わん。攻撃を続ける」


 多くの魔物は三戸の砲撃で息絶えたが、すり抜けて穴から出て来た者はアンジーの20mm機関砲でハチの巣にされる。それすらも躱した悪運の強い魔物は、ジャンヌのブリューナクによって消し炭にされていく。


「気を付けろ! 何かデカいのがいる!」


 穴から圧倒的な気配がする。三戸の砲撃を物ともせずに穴から這い出ようとする巨大な何か。


「あ、あれはデーモンクラスです……」


 体長五メートル程もある巨大な魔物。尻尾を含めれば八メートル程もあろうかという大きさだ。全身黒い体毛に覆われ瞳は赤い。側頭部に生えた角は鋭く上に伸びている。手には三又の槍、トライデント。


「あれにはパンツァーファウストも効果なし、か。基地防空用SAM出してくれ。アンジーはスパロー遠慮なくぶっ放せ。ジャンヌは俺の護衛頼む」


 基地防空用SAMとは、地対空誘導弾のランチャーが高機動車の後部に乗っかっている物だ。


「行くぞ!」


 デーモンクラスの魔物に誘導弾が四発、次々と着弾する。デーモンは両手をクロスしてガードしているが、その破壊力に驚愕しているようだ。ガードしていた腕が千切れかけている。

 誘導弾の爆発により視界を塞がれたデーモンの隙を突き、空を舞いデーモンの背後に回り込んだアンジーが無遠慮に、そして無慈悲にスパローミサイルを叩き込む。弾数無限の恩恵を受けた三戸とアンジーの絶え間ない攻撃で、四肢が弾け飛んだデーモンは浮力を維持出来ずに落下してくる。


「フランスの仇ッ!!」


 虫の息のデーモンに走り込み、穂先が燃え盛るブリューナクを叩き付けるジャンヌ。跳躍し、脳天に突き刺したブリューナクは、そのエネルギーをデーモンの体内に注ぎ込んでいるかのようにデーモンを焼き尽くしていく。


「接近戦最強か」

「接近戦最強ですね」


 ブリューナクの壮絶な破壊力を目の当たりにした三戸とアンジーは半笑いだった。

 

「討ち取りました!」


 嬉しそうにそう叫ぶジャンヌは、その美しさを一際輝かせる笑顔だった。

 ジャンヌがデーモンクラスに止めを刺した後、三戸とアンジーは二人の砲撃を逃れた残敵を掃討していた。と言っても大した数はいない。アンジーの20mm機関砲、三戸は89式小銃の射撃であっという間に片を付ける。

 殲滅を確認したあと、三戸は念のためレーダーを確認する。敵性反応はない。


「ジャンヌ、見てみろ。瘴気の穴」


 三戸に促がされ、ジャンヌが空へと視線を向ける。


「あ……瘴気の穴が……」


 瘴気の穴は急速に収縮していき、やがて完全に消滅した。息苦しさも消えており、心地よい潮風が身体を包む。


「どうやらここの魔界の穴は閉じたようですね。ミト、アンジー。お約束通り、これより私とブリューナクの力、貴方の目的の為に振るわせていただきます」

「わあ! ありがとうございます! ジャンヌ様、ブリューナクさん」

「宜しく頼む。ジャンヌ、ブリューナク」


 まさに見計らったかのようなタイミングだった。ジャンヌの決意表明の直後、三戸達の足元が輝き始め、次第に全身を包み込む。この現象が何を意味するのか、ここにいる全員が本能で理解していた。


「次の戦場・・へ飛ばされるみたいだな」

「次はどのようなお方が待っておられるのか、楽しみですね、マスター!」

「ブリューナクにも良い友が出来ると良いですね」


(キイィィン)


 そして、光が全員の視界を遮る程に輝きを増した時、彼等はこの地から姿を消した。

 その後、聖女と、そして彼女と共に戦った謎の男女の行方が知れなくなった事で、街は一時的なパニック状態に陥ったが、彼らの消失と共に魔物が出現しなくなった事から徐々に騒ぎは沈静化していった。

 以降、ジャンヌ、及び三戸とアンジーは、救世の聖女と聖騎士として崇められるようになったという。

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