AD184

第8話 軍神

 見渡す限りの荒野。視界が回復した彼等を出迎えた光景はそれだった。


「……アンジー。ここは?」

「……はい、出ました! 西暦百八十四年、元の世界でいう所の中国、冀州きしゅうです!」

「なるほど……さて、可能性がある人物が多すぎるんだよな、この時代のこの国は」

「そうですね。これから百年以上に渡り争乱が続く時代になりますから、多くの英傑が出現していますね」


 三戸とアンジーが話しているのは、まさにこの時代、この場所から、元の世界に於ける『三國志』の舞台の幕が上がるという事。

 漢王朝は衰退し政治は腐敗、民が苦しみ抜く時代背景。ここに漢王朝を打倒せんと一人の男が立ち上がる。

 しかし、全土に飛び火した反乱は、いつしか理念を忘れただの暴力となり果てる。

 そんな乱れた世を憂い、数多の英傑が立ち上がりは消えて行く、そんな時代。


「ミト。ここでも百年に渡る戦乱の世が……?」


 二人の話を聞いていたジャンヌが、心を痛めている。母国と同じように、これから百年にも渡り争乱に明け暮れるというのだ。


「そうだな。俺達が生きていた時代より命が軽い。大勢の人間が死んだだろうな。世を正そうとする者。自らの野望を果たさんとする者。欲望を満たそうとするだけの者。それぞれ理由はあるだろうが、我を通せば軋轢が生まれ、それが殺し合いに発展する。いつの時代も人間は愚かだと思うよ。過ちを繰り返してばかりだ」


 三戸は雲以外は何もない空を見上げ、虚しさを隠そうともせずに吐き捨てた。


「……マスター」

「さて、付近に反応もなさそうだし、どこかに移動しようか」


 心配そうに自分を見つめるアンジーに笑いかけながら、三戸は移動を提案する。休むにしても情報を集めるにしても、この場はあまりにも何もない。


「南に向かえば官渡、そこから西に向かえば虎牢関、どちらもひとつの節目となった戦場ですね、マスター」

 

 マップ検索をしたのだろう。アンジーが近辺の情報を提示してきた。


「じゃあ南へ向かおう。アンジー、高機動車を出してくれ」


 三戸が官渡へ向かうルートを選んだ事には特に理由はない。当時の情勢を詳しく知っている訳でもない。ただ漠然と、虎牢関には直接向かうべきではない。そんな直感が働いただけだ。


「はい、マスター!」


 元気に返事をしたアンジーが、魔法の様にポンと出した車に乗り込む。

 ジャンヌは初めての体験でワクワクしているのか、瞳がキラキラしていた。いざ走り出すと、馬車では体験できないスピードに興奮する事しきりだ。年頃の乙女らしく、楽し気にはしゃぐジャンヌとアンジーを横目に、三戸はハンドルを握る。

 一行の旅路は暫く平穏に進んだが、やはりそうそう上手くは行かないらしい。


「レーダーに反応ですね、マスター。しかしこれは……」

「こりゃ予想外だな」

「人間が相手ですか……どうしますか? ミト」


 騎馬が五十騎程。関所らしき場所を封鎖しているようだ。無視して突っ切ってもいいのだが、この時代の人間とは初コンタクトになる。三戸は話をしてみるべきだと判断する。

 目視できる距離まで接近するとスピードを落とし、停車する。エンジンはアイドリングのままだ。


「俺が話してこよう。アンジー、何かあったらジャンヌとここから離脱しろ。いいな?」

「……はい。わかりました」


 89式小銃を肩に掛け、騎馬隊へと進み寄る三戸。アンジーを車から降ろさなかったのは、騎馬隊が自分に対し敵対行動を取った時に暴発させない為だ。


「そこで止まれ! 貴様、何者だ!」


 何者? そう尋ねられて三戸はしばし思案する。


(何者と聞かれてもな)


 仕方なく出した三戸の答えは、嘘ではないが非常に大雑把なものだった。


「俺達は魔物を倒す旅をしている。この辺りで魔物が出るという話は聞かないか?」


 魔物と聞いてざわつく騎兵達。


「取り乱すな!」


 騎兵が守っていた関所の中から出て来たのは一人の大柄な男。百九十センチ以上はありそうだ。

 騎兵達を一言で鎮めるあたり、なかなかの胆力の持ち主だ、と三戸は感心する。そして近付くにつれ明らかになって行く大男の姿に、三戸は納得した。


(なるほど。黄巾討伐や官渡なら、この男が一番しっくり来るかも知れない)


「貴公は魔物と戦っていると言っていたがそれは真か?」


 百九十センチを超える堂々たる体躯に、長く、良く手入れされた顎鬚。そして手にしているのは青龍偃月刀せいりゅうえんげつとう。これだけの特徴を備えた男は、数多の三国志の英傑の中でも一人しかおるまい。


「ああ。間違いない。俺は三戸 花乃介。あんたは関羽だな?」

「その名を知っているとは。貴公はまさか……?」

「ああ。並行世界の人間だ。ちなみにあんたの千八百年後の世界を生きていた」

「なんと……」


 三戸が出会った二人目の救世者メサイア……それは三國志の時代において軍神と呼ばれた男、関 雲長であった。

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