第二話(二)「御代替わり」
【
安化四十五年三月のとある昼下がり、畏き辺りには、宮殿の
多くの梅が芳しい匂いを周囲に漂わせながら咲き誇っている中、帝には、それほど花付きが良いとはいえない一本の梅の前でお立ち止まりになって、しげしげとご覧になった。それはかつて、花好きでいらっしゃった皇后宮とご一緒に、皇太子迪仁親王の誕生記念にとお手植えになったものであった。およそ十年前に崩御あらせられた皇后宮の御ことをふと懐かしく思し召した主上には、はらりとお涙を流され、こうお詠みになったのだった。
「これのみが花とぞおもふ
やがて、その梅の枝に一匹のウグイスが留まって、ホー、ホケキョ、と心地よい鳴き声を上げた。このように鳴くものはすべてがオスで、鳴く理由はメスへのアピールか自分のナワバリだと唱えているかのどちらかだそうだ。生物学者でいらっしゃる帝におかせられてはもちろんその習性をご存じで、他の梅ならばともかく、その梅をナワバリだと言われるのは何となく嫌だと思し召して、
「これ畜生め、いくら鳴いても無駄だぞ。その梅は朕のものだ。もっと綺麗に咲いているのだから、鳴くならばあっちの梅に行くがよい」
と、お戯れ混じりにウグイスに対せられて
ところで、御年十七でいらっしゃる皇太孫殿下におかせられては、お年頃であらせられるので、想い人と
帝が思い出の梅を涙ながらにご覧になっていたまさにその時、殿下には、春休みにはるばると上京してこられた蛍の君を、その手をお取りになって御所の庭までお連れになろうとなさっていた。ほどなくして、
「おじじさま、そちらではなくメスへのアピールかもしれませんよ」
そう仰せになるや、
「いくら鳴いても無駄だよ、この子はもう僕のものだから」
と、お繋ぎになったままの手をぐいとお引きになって、勢いよくお胸の中に飛び込んできた蛍の君をお抱き締めになった。
「きゃあ! で、殿下――」
そう声をお上げになった蛍の君は、しかしまんざらでもないご様子で、真っ赤になってしまった麗しいお顔を、そのまま皇太孫殿下のご胸中にお
これを見せつけられ給うた主上におかせられては、これが本当にあの恋愛に奥手だった允宮の子なのだろうか、などと今さらながらお思いになった。しかしすぐに、この孫の
「しかし、よくよく考えてみるとお
このように、帝にはここ数年、何かにつけて過ぎ去りし時をお懐かしみになることが多くなった。すでに宝算八十四とご高齢にならせられていたが、夜にお休みになる時にご覧になる夢の中では、ご幼少の頃にお戻りになっていて、それを不思議にも思わずに先々帝の皇后でいらっしゃった祖母君とお遊びになるということさえ、しばしばおありだったのである。
末法の世となってから久しかったからであろうか、帝ですらもここ数代はほとんど信仰心をお失いになっていた。ことに安化の帝におかせられては、あたかもオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ一世――共和派により銃殺刑に処された弟のメキシコ皇帝マクシミリアーノ一世、愛人の一人である男爵令嬢と情死するという「マイヤーリンク事件」を起こした皇太子ルドルフ、旅先のスイスで暗殺された美貌の皇后エリーザベト、そしてサライェヴォでセルビア人の民族主義者が放った銃弾に
「彼の身のまわりを死神が円を描いて徘徊し、次々と刈り取っていった。すでに畑全体が刈り取られて裸になっていたが、皇帝だけは、忘れられた一本の銀色の茎のようにいまだに立っていて、待っているのだった」
と書きさえした――のように、ご家族を次々と亡くしておいでだったので、神も仏もあるものかと公然と仰せになるほどに、とりわけお年を召されてからの信仰心の薄さは歴代天皇でも際立っていらっしゃった。
しかしそんな帝が、蛍の君と出会われてからは、まるで人がお変わりになったかのように神仏を
「皇太孫承仁親王が
との叡慮をお示しになったが、これを聞き及んだ宮中の人々がみな、
「平安の昔、
などと本気で案じ始める者まで少なからずいたくらいである。
だが、そんな心配は程なくして新たな心配事の陰に消えてしまった。その年の瀬から年明けにかけての厳しい冷え込みのせいであろうか、安化の帝におかせられては、ご譲位の話が具体的なものになる前に、にわかにご体調を崩してしまわれたのである。それからはみるみるうちに、まるで皇太孫殿下のご成人まで皇位をお守りになるという、ただそれだけのために生き永らえてこられたかのように、お一人ではもはや起き上がることすらもおできにならなくなるほどに
「どうやら可愛い孫たちの婚儀を見届けることはできそうにない。立太孫の礼すら、まだ挙行できていないのに」
とご
日々ご多忙とならせられた摂政宮殿下のお代わりとして、蛍の君には、かいがいしく主上のほとんどすべてのお世話をなさった。いったいいつお休みになっているのかも知れないほどでいらっしゃったが、それを拝見した人々はみながみな、
「明代の『
と、この頃には本気で考えるようになっていたのである。そして誰もが、次代の皇后にならせられるのがこのお方で本当に良かった、と改めて感じ入るとともに、皇后としての蛍の君のお姿を主上にも仙洞としてご覧になっていただきたい、と帝のご快復を願い奉ったのだった。
安化四十六年の三月中旬、帝におかせられては、天下の民草がこぞってご健康とご長寿を乞い願い奉ったのもむなしく、
「なほ寒き花も
新たな御代となってから一か月と少しが過ぎた永寧元年四月末、宝算十八とお若い帝におかせられては、先の帝たらせられる御祖父君に「安化天皇」と
一年間の
「先帝陛下があのように大切になさっていたものでございますから、ずっと大切に守っていきましょうね」
と仰った。帝にはこれに対せられ、
「今ならばまだ考え直せるのだよ。皇族の
とお尋ねになった。
「はい。何も存じ上げない身ではございますが、懸命に陛下のお側で学んでまいりたいと思います――」
ちょうどその時、二羽のウグイスがどこからともなく飛んできて、御前の
『日本書紀』の異伝によると、いざ国生みをなさろうという時に、具体的にどうしたらよいのかお分かりにならなかった
何もご存じではない身には程遠くていらっしゃる蛍の君には、すぐ目の前でのウグイスの
「陛下がお望みになるのでしたら、この命ある限り、何人でも
「お願いだから、
皇嗣たる皇族は言うに及ばず、皇太后などもおいでにならなかったので、これまでの御代とは異なって、万一の際に摂政とならせられるべきお方さえいらっしゃらない。誰の目にも危うげに映るそんな状況から始まった永寧の大御代だったが、「雨降って地固まる」という
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【脚注】
[2]昔、中国の王城の門が九つ重なっていたことから、天子の住居の門や塀、あるいは住居そのものを「
[3]昭和天皇の「人間宣言」こと『新日本建設に関する詔書』より。
【参考文献】
・ヨーゼフ・ロート著、平田達治訳『ラデツキー行進曲』(鳥影社、二〇〇七年)
・『御所のお庭』(扶桑社、二〇一〇年)
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