第8話

 日曜日になにも予定がなかったものだから、週末はやけにゆっくりと流れ過ぎた。

 月曜日、わたしが赤いランドセルを背負って家を出ると、外にシロが立っていた。おはよう、と笑うシロ。土曜日に感じた寂しさが埋まっていく。わたしは嬉しくて、とびきり明るい声で挨拶を返した。

 と、シロの手に手紙があるのに気がついた。グラジオラス色の手紙だ。

「それ」

 指さすと、シロは嬉しそうに頬を染めてうなずいた。

「今日の朝届いてたんだ」

 フリージアの手紙は、書いた土曜日のうちにシロが家のポストに入れてくれた。そうしたら日曜日の朝には手紙はなくなっていて、今朝には返事が届いていたのだそうだ。

「これは学校が終わってから読まないとね」

 シロが言った。そう、これは二人で決めた掟だ。グラジオラスさんから届いた手紙は、必ず二人で読むこと。誰にも見つからない場所で読むこと。読んでいる間に邪魔が入らないようにすること。

 わたしは、手紙とそれがもたらす魅力的な時間に思いを馳せた。心臓が高鳴る。

「この手紙はわたしが持っておくよ。アカに渡したら無くしそうだもの」

 シロはそう言って、ランドセルの中に手紙を滑らせた。シロの茶色のランドセルの中に、二人の秘密が潜んでいるんだ───そう思ったら、楽しくて仕方がなかった。

 朝学活の時間も、授業も、給食も、昼休みだって、シロと手紙のことで頭がいっぱいだった。シロとクラスが同じでなくて良かった、と、今日ばかりは思った。きっとシロの一部が視界の端に映っただけで、胸が高鳴ってどうしようもなくなるだろうから。

 終学活が終わって、みんなが帰る準備をしているとき、シロが教室に顔を出した。

「アカ、帰ろ」

 わたしの周りにいた女の子たちが数人、シロに気づいて歓声をあげた。

「あっ、シロ」

「シロのシャツかっこいいね」

「シロ今日もアカと帰るの」

 彼女たちの矢継ぎ早な呼びかけに、シロは苦笑をもらした。パチリと目が合う。シロは首を傾げ、笑みを深くした。

 シロは他の子とは少し毛色が違う子だ。スカートよりもズボンを履くことが多くて、センスが良くて、ショートカットの髪に女々しさがないのも魅力的だった。大人びた性格も人を惹き付ける理由のひとつだろう。

 だからシロはみんなの憧れの的だった。みんなシロに気に入られようと躍起になる。

 みんな、わたしの立場を狙っているのだと思う。

 わたしはランドセルを背負って、足早にシロのもとへ駆け寄った。

「行こっか」

「うん」

 教室を出る。背中に女の子たちの声が飛んでくる。じゃあねシロ。また明日ねシロ。みんな、さっきまでわたしと話していたのに。

 わたしはちらりとシロのランドセルを見た。この中に、二人だけの秘密がある。───そう思うと、少しだけ窮屈な気持ちから開放された。

 彼女たちはわたしにはなれない。


「じゃあ十二時に、秘密の部屋集合」

 わたしの家の前で、シロは右手の小指を立てた。

 わたしも小指を立てて、シロの小指と絡めた。指切り、約束。小指から伝わるシロの手の冷たさがくすぐったい。

 小指と小指が離れたとき、シロは少し恥ずかしそうに微笑んだ。わたしはどきりとして目を伏せた。

 真夜中の十二時、わたしとシロは『秘密の部屋』で落ち合う。それは小学生のわたしたちにとって良くないことであって、だけれどひどく魅力的だった。

 わたしは夜に思いを馳せながら、シロとひとまず別れた。

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匿名の魔女へ 秋野いも @akino-99

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