第43話 私とわたし&そなたとおぬし ≪2≫


 


 前回の≪1≫では、小説を書く時の中国人の名前の、会話文と地の文の収まり具合について、思い込みの激しい老婆の蘊蓄うんちくをかたむけてみました。(笑)


 中国名の姓と名前が1文字ずつというのは、発音するにはかっこいいのですが、小説内で文字として扱うには収まりが悪いのではないかという、私個人の考えです。




 ところで私がいまカクヨムで読ませていただいている中国人が出てくる小説の主人公は、曹瑛そう・えいさん。


 でもなぜか、曹瑛そう・えいさんという字面の場合は、文中で曹と瑛を切り離して使われていてもすんなりと、私の頭の中に入ってきます。


 なぜだろうと考えてみました。

 そして気づきました。


 あの有名な『三国志』に登場する曹操そう・そうを、私はよく知っているので、曹瑛そう・えいさんの場合も曹が姓であり瑛が名前であることが、私の頭の中にしっかりとインプットされているためなのだろうと思います。




 白川紺子さんの『後宮の烏』の衛青えい・せいや、私の書いている小説の中に登場させた允陶いん・とうのように、姓と名がそれぞれ一文字という馴染みのない中国人の名前ですと……。読者の頭の中に「姓と名前はどうなっているか?」という疑問符を、植えつけることになってしまいます。


 この疑問符は、読者を混乱させて、読み続けようという気持ちを削ぐような気がします。


 よほど筆力に自信があるか、それとも読者の思惑など関係なく、自分には書きたい世界観があるという強い意思がある場合以外は、なるべく避けたほうがよいといまの私は考えています。




 ……ということで、やっとこさ本題に入って、白川紺子さんの『後宮の烏』での<私とわたし&そなたとおぬし>です。


 白川紺子さんの『後宮の烏』では、<私>は皇帝の高峻が会話の中で自分を指すとき、そして<わたし>は烏妃が同じく会話文で自分を指すときに使われています。


 同じ自分を指す言葉でありながら、漢字とひらがなで使い分けられているのです。でも、そのことによって、二人の設定や関係が浮かび上がってきますね。


 そして<そなた>は皇帝・高峻が烏妃に呼びかけるときに、<おぬし>は烏妃が皇帝・高峻に呼びかけるときに使われています。これもまたそういう字を使うことによって、二人の設定や関係がわかるという仕掛けになっていますね。



 <私>と<わたし>に<そなた>と<おぬし>という字面だけで、皇帝・高峻と烏妃の関係が、いや皇帝・高峻と烏妃の人格の設定までが読者に理解できるようになっています。これが文字で世界観を書き表す小説の醍醐味であり面白さでしょう。


 自分の持つ語彙を豊富にする勉強は、ストーリーの構築やキャラクターの作成と同じくらいに大切だと思います。そのためにもいろいろな作品を、面白いとか面白くないだけではなく、味わいながら読むことは大切です。




 ところで、本当の皇帝は自分を指すのに、<私>ではなく<ちん>といいます。


 <ちん>は、皇帝にしか許されていない一人称です。


 昔は、中華小説を書くものにとっては外すことのできない常識でした。 でも、最近は小説の中でも華流時代劇ドラマの字幕でも、<朕>は使われなくなりました。そういえば、日本の天皇も戦前までは<朕>でしたが、今は使われておられませんね。


 皇帝が自分を<私>というのは理解できるとして、<おれ>と言っているライトノベルを読んだ時は、さすがにびっくりしました。しかし、いまはそれもありだと思っています。私も自作小説では、幼く生意気な皇太子に<おれ>と言わせてみました。


 そうそう、皇帝とはこの世において唯一無二の存在であるから、自分に対して<朕>という一人称さえ使わないというのを何かで読んだことがあります。「……思う」とか「……する」というものに主語は必要ない。朕が言えば朕のことに決まっているのだという、完璧自己中の世界観です。


 そうそう、先日、華流時代劇ドラマで、皇子が自分のことを<僕>と言っていました。あっ、言っているのではなくて、字幕ではあったのですが。ああ、ついにそういう時代の流れになったのかと、なんかちょっと感激しました。


 ほんと、言葉って語彙って、知れば知るほど奥深いものですね。


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