第42話 私とわたし&そなたとおぬし ≪1≫



 中華ファンタジー小説を書き始めるにあたって、まず初めに頭を悩ませるのは、登場人物たちの名前ではないかと思います。


 

 私のもう一つのエッセイ『私、中華ファンタジー小説をまじめに勉強します!』で、青切さまがレビューに書いてくださっているように、姓と名の文字数ですが、まずはこれが悩ましい限りです。


 ここに躓くと、肝心の中華ファンタジー小説、なかなか書き始めることができません。


 これは日本語名であればその字面を眺めただけで、姓と名の区別がつくのですが、

 中華ファンタジー小説の名前の漢字の羅列は、どこまでが姓でどこから名なのか、区別がつかないというところからきているのだろうと思います。


 特に、姓も名も漢字が1文字ずつというのは、書いても読んでも収まりが悪いことこの上ありません。




 自作の中華ファンタジー小説で例をあげれば、『白麗シリーズ』に登場する允陶いん・とうさん。声に出した時の響きが好きで重要登場人物の名前にしたのですが……。


 呼びかけるときに「允さん」「陶さま」などは問題ないとして、「陶!」と呼び捨てとなると、「誰のこと?」と変な感じがつきまといます。


 そして地の文でですが、『允は思った』はよいけれど『陶は思った』となると、文章の座りが悪い感じで、「これでよいのだろうか?」と書いていて落ち着かなくなってきます。


 同じく自作の中華ファンタジー小説に登場する名前が二文字の荘英卓そう・えいたくさん。彼の場合は『英卓は思った』と書いて収まりはよいのですが、允陶の場合は『陶は思った』ではなく、常に『允陶は思った』と、姓と名前を並べて書くようにしています。


 なんと、白川紺子さんの『後宮の烏』でもそうなっているのですよ!


 皇帝の名前は夏高峻か・こうしゅん

 そして常に付き従っている護衛の宦官の名前は衛青えい・せい


 皇帝の高峻は衛青えい・せいに呼びかける時、「青」と呼びかけています。

 しかし地の文では、『高峻は思った』となっていても、『青は思った』とはなっていません。『衛青は思った』となっています。


 それで、読み始めたころは、この武官の宦官の名前は、衛青という二文字が姓なのだろうと勘違いしていたほどです。




 そしてもう1つの名前に関係する難問題。

 古代中国の人の名前には、いみなあざながあります。


 生まれた時に親につけてもらった本名がいみな

 しかし、他人がいみなで呼ぶことはありません。ものすごく失礼なことであるらしいです。それで、他人の間では通り名であるあざなを使います。


 歴史的事実を重んじる小説や、歴史的有名人が実名で登場するのであれば、いみなあざなの使い分けは大切なことでしょう。しかしながら、読みやすさを狙った中華ファンタジー小説となると、そこまでこだわって読者を混乱させるのは考えものです。


 ちなみに白川紺子さんの『後宮の烏』では諱と字の区別はありません。小野不由美さんの『十二国記』もそうではなかったかしら……。




 それからもう一つ、皇帝は亡くなるとおくりな で呼ばれるようになります。


 例えば前漢の武帝。

 武帝というのは亡くなってからの名前であるので、生前に家臣たちに「武帝さま」と呼ばれることはありません。武帝の生前の名前は、劉徹。


 でも、きっと、親以外にはだれも彼に向かって劉徹とは呼ばないことでしょう。そんな偉そうなことをしたら、不敬罪で首を刎ねられますよ、きっと。(笑)


 中華ファンタジー小説を書かれる方は、くれぐれも生きている皇帝に対して「〇〇帝」というおくりなは使わないように。文中では<陛下>としておくのが無難です。




 ≪2≫に続きます。


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