第37話 雲雀公主



 №27 雲雀ひばり公主こうしゅ



 白川紺子さんの『後宮の烏』第1巻の3話に登場する<雲雀ひばり公主こうしゅ>。


 公主とは中国の皇帝の娘の総称です。日本だとお姫さまで、西洋の宮廷ものだと王女と、その呼び名は変わるのでしょうか。


『後宮の烏』の<雲雀ひばり公主こうしゅ>は、若い皇帝・高峻の異母妹となります。皇帝にはたくさんの妃嬪がいましたから、その子どもである公主も大勢いたことでしょう。


 <雲雀ひばり公主こうしゅ>の雲雀ひばりはもちろん公主の名前ではなくて、ありふれたとかつまらないとかを意味するあだ名。


 皇帝の娘となれば、ちやほやと育てられ成長すればよいところへ嫁ぐと考えられがちですが、<雲雀ひばり公主こうしゅ>は母親の出自で差別されて、後宮の片隅に追いやられ、侍女もつかず惨めにひっそりと暮らしている設定です。




 白川紺子さんの『後宮の烏』は、ヒロインの烏妃がその特異な能力を活かして、皇帝・高峻とともに宮廷内の困りごと(そのほとんどは幽鬼退治)をこなしていくところから始まります。


 皆、この世に未練を残しあの世に行くことができない幽鬼ばかりですから、毎回、烏妃によって呪縛から解かれた幽鬼たちが、心安らかに楽土へと向かうエピソードは心を打つものがあります。


 特にこの<雲雀ひばり公主こうしゅ>のお話は何度読んでもよいものでした。


 なによりも、幽鬼が人でなく小鳥の雲雀であることが、読者の意表を突きます。そして小鳥であるからこそ、人間のように邪念がないのも哀れで、その顛末には読むものの涙を誘います。


 そして、この雲雀ひばり公主こうしゅの事件を通して、夜明宮で誰ともかかわらずひっそりと孤独に生きていた烏妃にも、だんだんと心を許せる仲間ができるようになります。


 とまどいつつも少しずつ彼らを大切な仲間と思い始める烏妃の心の動きが、丁寧に書き込まれているのもよくて、<雲雀ひばり公主こうしゅ>の章は、私の大好きな章ともなっています。




 ところで上にも書いたように、ほとんどの公主というものは後宮で花よ蝶よと大切に育てられ、年頃となれば政略結婚で嫁いでいく存在です。


 人質状態で他国の王に嫁ぐ公主もいれば、王族や家臣の忠誠を繋ぎとめる道具となって、嫁いでいく公主もいたことでしょう。そして、その嫁ぎ先で良妻賢母となった公主もいれば、とんでもない浪費家で我がままのし放題という公主もいたことでしょう。


 ただほとんどの公主たちの暮らしぶりは、というかそもそも古代中国にあって女性の暮らしぶりは、記録として残っていません。あの2千年前の男たちの国盗り物語りを活き活きと書いた司馬遷の『史記』ですら、女性の描写についてはスズメの涙もないほどです。


 それは日本でも同じようなものです。


 昔、NHK大河ドラマの演出家が、「戦国時代のお姫様の暮らしぶりの記録がほとんどないので、彼女たちが登場するシーンでは、彼女たちはいつも髪をいて時間をつぶしている」と語ったのを印象的に覚えています。


 いつの時代のどんな境遇であれ、女たちだって忙しく動き回り笑って泣いて怒っていたことでしょうに。




 ところで、ちょっと話はそれますが。


 政治的に利用されて他国へ、それもとんでもない僻地の異民族へと嫁ぐことになった公主ですが。彼女には、他国で骨を埋る覚悟で、多くの文官や侍女もまた付き従います。


 文官はその地で自国の文字や測量の単位を広め、侍女たちは養蚕とか織物を広めます。僻地の異国に嫁ぐ公主は、人質となって異国で寂しく暮らすのではなく、それなりの重大な任務もまたあるのです。


 後宮で皇帝の寵愛を奪いあう妃ばかりのお話ではなく、異国の大草原で逞しい生き方をした女性を主人公にした中華ファンタジー小説も読んでみたいと思うことです。


 

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