第27話 娘娘



 №21 娘娘にゃんにゃん



 白川紺子さんの『後宮の烏』では、侍女となった九九じうじうが烏妃を『娘娘にゃんにゃん』と呼ぶシーンがあります。その時、烏妃は「『娘娘』はやめよ。いまのわたしは宮女なのだから、ふつうに話せ」と言うのですが。




 しかしながら、今回のエッセイで私が書きたいのはこのシーンのことではなくて、『娘娘にゃんにゃん』という言葉について。


 後宮に住む妃たちのことを、仕える者たちが『娘娘にゃんにゃん』という敬称で呼ぶということを知ったのは、かなり昔に見た華流時代劇ドラマでした。


 その時の衝撃といったら!

 髭面の武骨な男たちが、「にゃんにゃん」って、神妙な表情と声で言うのですよ! 


「にゃんにゃん」って、可愛い猫を呼ぶときに使う言葉! 

 それもかなりな幼児語だから、大人だったら人に聞かれたら恥ずかしくて、あたりを見回して誰もいないことを確かめて口にする言葉!


 それ以来、『娘娘』という言葉は、私の「変!」と感じてしまうツボにハマったらしくて……。


 いまだに髭面男であろうがイケメンであろうが、彼らが恭しく揖礼ゆうれいしながら、美しく着飾った妃に対して「にゃんにゃん」と言うのを聞くたびに、それまでの物語りの筋が頭から消え去ってしまうくらいに、笑いたくなります。

 まるで、くすぐり攻撃にあったような感じです。




 そうそう、書いていて思い出しました。


 これもまた中国ドラマでよく出てくるシーンなのですが、年上の男性への「お兄さん」という呼び方。美しく若い女性が兄弟でもない男性をそう呼ぶと、なんか急にその女性が世間ずれしたはすっぱに見えてしまいます。


 私だって、他国の習慣や言葉に「変!」なんていうケチをつけてはいけないことくらいわかってはいるのだけど。


 これって、同じ漢字を使いながら、長い歴史の中でその扱われたかが違ってきたという現象のように思われます。


 だから日本人が書く中華ファンタジー小説って、やはり、日本人にしか通じないところもたくさんあるような。もしかしたら、和製中華ファンタジー小説とか和風中華ファンタジー小説とかと、いうべきかも知れませんね。

 




 ちょっと話題は『娘娘』から逸れるのだけれど。

 字数が足りないということもあって、別の話題の考察を。


 最近、中国制作の中国本土を舞台にした近未来SF映画を見ました。

(このエッセイを書いて何年もして知ったことですが、この近未来SF映画、あの「三体」の作者・劉慈欣さんの『流転の地球』だったのです!)


 この中国映画、登場人物は全員中国語読みでした。そして当然ながら、字幕はカタカナ表記で、そのうえに、姓が前にあって後ろに名前が来ています。これは映画『ムーラン』で経験済みでありましたので、覚悟が出来ていました。


 しかし、困ったのは、中国語読みの地名です。


 近未来の話なので、映画に出てくる都市や場所の名前は、現在と同じです。

 でも、中国語の発音のカタカナ表記ではまったくどこの街のことか、わからないまま。たまたま、画面に映った高速道路の標識を見て、「なんだ、四川のことか……」とやっとわかった時は、いら立ちを通り越して拍子抜けしてしまいました。


 人の名前を中国語読みにすれば、街の名前も中国語読みのカタカナ表記となるのは当然のことなのでしょうが。そして、街の名前が中国語読みであれば、山や河川の名前もそうなってきて、そのうちに有名な建物とかその他についてもいろいろと広がっていくのでしょうが。


 そうなると、日本人が昔から持つ慣れ親しんだ中国小説というものへの印象が、かなり変わるということではないでしょうか……。



 日本人としては、中国の文化に触れる時、目で見た漢字の持つイメージで、その世界観を理解しているところがあります。


 そう考えると、白川紺子さんの『後宮の烏』の登場人物の名前や地名がすべて中国語読みのカタカナ表記であったとしたら、果たして、これほどのベストセラーとなったでしょうか?。


 中華ファンタジー小説において、文中の名前や地名がカタカナ表記となっていくのは、時代の流れとしていたしかたのないことだと思いますが。しかし、そうなってくると、もしかしたらある時点で、日本では中華ファンタジーは需要がなくなる(読者がいなくなる)のではないだろうかと心配です。


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