第7話 衫襦・裙・披帛 ≪1≫



№6 衫襦ひとえくん披帛ひはく



 白川紺子さんの『後宮の烏』では、主人公が身にまとう衣装の様子が、物語が始まって早々に描かれています。


 <烏妃>と呼ばれ、まだ若い少女でありながら、上から下までカラスを想像させる黒い印象的な衣装を常に着ているのだから、当然といえば当然であるのですが。



 烏妃の衣装を描いた箇所を引用します。


衫襦ひとえも、胸もとまで引きあげたくんも黒。衫襦は濡れたような光沢を持つ黒繻子で、花葉紋の細かな刺繍がほどこされ、裙には華麗な花喰い鳥の模様が織りだされている。肩にかけた披帛ひはくも黒い薄絹だったが、黒曜石でも縫いつけてあるのか、夜露のようにきらめいていた』



 あっ、書き写していて、衣装とは関係のないことだけど、あることに気がつきました。漢字が多いようで、意外とひらがなが多用されています。


 私のパソコンのワードで打ち込んでいて最初に出てくる転換表記と、『後宮の烏』に使われている表記を比べてみました。


<引き上げた→引きあげた>

<施され→ほどこされ>

<織り出されて→織りだされて>

<煌めいて→きらめいて>


 中華ものはどうしても難しい漢字の羅列になってしまいます。


 固有名詞の漢字を羅列するときは、その他の地の文章はなるべく漢字を少なくすると、ページを目で見た時に柔らかな印象になり、読みやすそうです。




 ……で、話は、烏妃が着ている衣装に戻します。



 衫襦ひとえは振ってあるルビ通り、裏のない着物。

 裏をつけていないので、軽い感じにふわっと羽織れることでしょう。そして繻子織りということなので、つるっとした艶のある布地(サテン)です。それに花葉紋の細かな刺繍がほどこされています。


 くんはスカートのこと。

 しかし、胸もとまで引き上げられているということなので、スカートというより、現代の衣装の感覚では、両肩の肌を見せたワンピースに近いのではないかしら。


 そして、披帛ひはくはストールのこと。


 胸の上からふわっと広がるロングスカートに、これもまたふわっとした袖と裾の長い上着を羽織り、きらきらと輝くストールを肩にかけているという感じかなと、私は想像しました。


『後宮の烏』の第一巻の表紙絵に香魚子さんの、黒い衣装をまとった烏妃のイラストがあります。イラストでは、披帛ひはくは肩にかけていないけれど、衫襦ひとえくんは、白川紺子さんの描写に忠実に描かれています。


 これは華流時代劇ドラマを観て仕入れた知識なのですが。

 秦の中華統一やそのあとの三国志時代の衣装は、日本の和服のようにきっちりと襟を重ね合わせた上着の下に、スカートやズボンを穿いています。


 胸の上から広がるロングスカートに薄物の上着を羽織る烏妃の衣装は、隋や唐の時代の女性の衣装がモデルでしょうか。


 ところで古代中国の人たちが着る衣装が時代によって違うのは、日本のように時代の流れによって少しずつ変遷したというより、民族の違いなんだと思います。


 中国大陸は広く多民族国家なので。

 その多民族の一つが、時々、中華大陸の中央に強大な国家を作り繁栄するということの繰り返しです。



 ところで、ここまで書いて考えたのですが……。


 この烏妃の着ている衣装の描写を、読者はどこまで理解して、物語の世界を楽しんでいるのでしょうか。たぶん、「上から下まで豪華ではあるが、真っ黒い着物を着ているんだな」と思うくらいじゃないでしょうか。


 私もこれを書くにあたって、漢和辞典をひいて、やっと理解したのだから。

 表紙に美しいカラーイラストもあるので、よほど衣装に興味のある読者以外の理解は、たぶんそういう感じなのではと思います。


 でも書く側は、やはりきちんと書かないと、小説として成り立ちません。


 登場人物たちがああ言った、こんなことをした以外に、こういう設定の細やかな描写は、思いのほか大変な作業です。ああ、それで多くのライトノベルは、テンプレを使った二次創作となるのですね。


 でも、きちんと書くのと書かないのでは、小説の完成度にかなりの差が出てしまうことでしょう。

 

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