第5話 待衛


№4 待衛じえい


 ≪待衛≫とは、貴人のそば近く仕えて護衛すること。また、その人のことをいいます。


 白川紺子さんの『後宮の烏』では、みかど・高峻にいつも寄り添っている宦官であり武官である衛青の役職。物語りが進んでくると、烏妃である寿雪にも、二人の宦官の≪待衛≫がつくようになります。


 この≪待衛≫にも位があり、守る場所でもまたそれぞれの呼び方があって、本来は、位と守る場所を合わせた名称で、その≪待衛≫の呼び方が決まるようです。

 後宮の≪妃嬪≫にも位があり、またその住む殿舎の名前で呼ばれるのとよく似ていますね。


 しかし、それを小説の中で忠実に表現すると、とんでもなく複雑! 理解する前に、読者がギブアップしてしまうのは目に見えています。(笑)


 それで、皇帝に直接つかえる≪御前待衛≫、そして≪待衛≫の中でも偉い立場の人ということで≪待衛長≫の二つを覚えていれば、どうでしょうか?

 この二つの職種を書き分けて小説の中で使えば、中華小説らしいそれなりの雰囲気が醸し出されるような気がします。


≪妃嬪≫や≪宮女≫を調べていて思ったのですが、身分制度が厳しい時代においては、人々はお互いを名前ではなく、官職名やその立場を示す称号で呼び合っていたようです。


 妃嬪や宮女が≪待衛≫を、たとえば『後宮の烏』であれば烏妃が≪待衛≫の衛青を、親しくその名前で呼ぶということはないと想像します。


 しかし、これもまた何回も書くことではありますが。

 小説の登場人物たちを官位や官職で表現したら、書くほうも下調べに大変で、読むほうも混乱することでしょう。


 えてして、中華小説は難しい漢字の羅列となってしまいます。


 ある程度は漢字を使ったほうが中華小説らしい雰囲気が出るのも確かです。しかし、作者が中華の雰囲気に溺れるあまり、読者の読解力を無視した独りよがりの文章になっていないでしょうか。


 どこまで自分は漢字に頼るのか、読者の読みやすさのためにどこまでひらがなで開くのか、中華ファンタジー小説を書き始める前に決めておくといいと思います。


 前にも書いたことですが、「よくここまで調べたなあ」と驚くような古代中国に関係する固有名詞漢字の羅列で小説は始まったものの、物語りが動き出す前にエタって消えてしまったという中華ファンタジー小説を、このカクヨムでいくつか見かけました。


 肩の力を抜いて、書いている自分にもまた読者にも馴染みやすい文章で書き続けることは、エタらないためにも大切なことのように思います。



※ ※ ※


 ところで、白川紺子さんの『後宮の烏』では、後宮で皇帝や妃嬪を守る≪待衛≫は、すべて宦官です。男が入ることは出来ない後宮であるから、そこの治安を守る武官たちも宦官であることは、当然だともいえるけれど……。


 これは、古代中国でも時代や国によって違いがあったようです……。


 華流時代劇ドラマを参考にすると、清朝時代を舞台にした『瓔珞えいらく~紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃~』に登場する≪待衛≫たちは、皆、宦官ではありません。

 宮女たちが良家の子女であるように、待衛たちも良家の子息でした。皇后が自分に仕える侍女と自分の弟である≪待衛≫の婚姻を取り持つシーンがありました。


 また、南北朝時代を模した架空の国・梁を舞台にした『琅琊榜ろうやぼう~麒麟の才子、風雲起こす~』では、後宮の治安は禁軍が守っていました。

 常に、皇帝のそばには禁軍の将軍がはべっていましたし、妃の住む殿舎で起きた揉め事に、武装した禁軍の兵士たちがなだれ込んで止めるというシーンもありました。


 ≪待衛≫を宦官にするか、宦官でない男にするか。


 時代や国を特定していない中華ファンタジー小説であれば、それほどにこだわることもないような……。それぞれの書く中華ファンタジー小説の世界観にふさわしければよいのではないでしょうか。

 

 自作の『白麗シリーズ』では、『琅琊榜ろうやぼう~麒麟の才子、風雲起こす~』を真似て、後宮の警備を禁軍にしてみました。その理由は、ストーリーの展開上、皇帝の身近に軍隊を動かせる人物(将軍)が必要だったからです。


 後宮に宦官でない男が出入りするという設定は、初めこそ「どうかな?」と悩みましたが、それでストーリーが破綻してなければ、設定自由の中華ファンタジー小説です。「それも、よし!」と思って、書き進めればよいのではないでしょうか。


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