第12話 地下水路の中で
ざくりとシャベルを差し込むたびに土の重みが両腕に伝わり、それを除けるたびに疲労が蓄積していくのが実感としてわかる。
更に視界が悪く、頭を溝板にぶつけないようにかがんだ姿勢でいることを強いられるのでなおのこと体に負担がかかる。
地下水路の中は幅一メートル、高さは一・五メートルほどの空間で一応は中に入って整備することも想定された構造であったのだろう。しかしそれでも狭さと暗さはどうにもし難い。
僕と明彦は二人がかりで水路に溜まった土を払いのける作業に没頭していた。
「全く、これで、何も出なかったら、泣けてくるぜ」
「そんときゃ、お詫びに、ラーメンの一杯でもおごるから、許してくれよっと」
互いに息もたえだえになりながら軽口を交わす。明彦と僕は半ば汗だくになりながらも、既に堆積していた土の三分の一程度を水路の底面から除去していた。
星原たちも反対側から同様の作業をしているはずだ。もっとも彼女たちの方は入り口の方から始めているので外光で多少は明るいだろうし、土砂の量もそれほどではなかった。
僕らが地下水路の中を調べる前に観察した限りでは天井である溝板の隙間からかすかに光が差し込んでいたので、全くの密閉空間ではなく無酸素状態になっている心配はなさそうだった。
また横壁も鉄筋コンクリートで出来ているようだったので、土砂の影響が大きかった入り口こそ壊れていたものの内部が崩落する危険はないと思われた。
とはいっても万が一の危険がないとはいえないし力仕事でもあるので、僕と明彦が水路の奥から調べ始めることにしたのである。
「……二人とも怪我だけはしないようにね」
横で懐中電灯を持った片倉先生が心配そうに僕らを見る。
これがもしも、どこまで掘り返せばいいのかもわからず見つかるかどうかもわからない作業を際限なく続けなくてはならないとなったら僕らも心が折れていただろう。
しかし地下水路にはちゃんと石やコンクリートの底がある。数十センチ掘ればすぐに固い感触が返ってくるし、土が溜まっていた場所も長さはせいぜい十数メートルだ。目途の見える作業ならば多少辛くともどうにかやりぬこうという気持ちを維持することができた。とはいえ、もし見つからなかったらと思うと若干気が重いが。
「そっちの方は大丈夫?」
「……星原」
気が付くと星原と狭間さんが僕らのすぐ背後に立って様子を窺っている。
「こっちの方はあと少しで中間あたりまで終わりそうだから、様子を見に来たのだけれど」
「終わったら手伝いますよ?」
「僕らの方も思っていたほどは泥は溜まっていないが、もう少しかかりそうだ。……でも危ないかもしれないから向こうに戻っていてくれ」
なるべく女子の二人に危険を伴う作業はさせたくない。僕は半ば強引に彼女たちを出口の方まで押しやる。
「気持ちはありがたく受け取っておくから。星原たちは自分の持ち分が終わったら休んで待っていてくれればいい」
「……そう」
「無理はしないでくださいね」
星原たちが入り口の方まで戻っていくのを見届けると、僕は作業を再開するべく水路の奥に身をかがめながら歩を進めようとした。……だが。
「あれ?」
ふと地下水路の途中にある分かれ道に目を奪われる。いや分かれ道があること自体は図面にも書いてあったので驚くことではない。暗渠は『文化施設を取り囲む』ように作られていたので、井戸に繋がっている方向とは別に文化施設の裏手に伸びている水路もあったのだ。だが、僕が気になったのはその分かれ道の横壁にその部分だけ色が違う箇所が見えたことだった。
「何だ?」
僕はそっとそこに近づいて、触ってみる。この部分だけ石壁が外れているようだ。何かあるのだろうかと思って手に触れた石がゴトリと足の上に落ちた。
「いったあ!」
「何だ、どうした?」
振り返ると角から明彦が覗き込んでいた。なかなか作業に戻らない僕を心配したのだろう。
「いや、何でもない」
どういう訳か壁の一部が壊れかかっていて、その向こうに崩れかけた灰色の人工物が見えている。これは現在でも建築物の材料に使われるモルタルとかそういうものだろうか。しかしどうして地下水路の内壁にこんなものがあるのか、という疑問が頭をかすめる。
いや、もしかしたら補修か何かでこの部分にだけこういう材質を使用したのかもしれない。どのみち僕が今探しているタイムカプセルとは直接関係なさそうだ。
「そっちは井戸に繋がる方向じゃあないんだから、目的のブツはないはずだろう。何しているんだ?」
「壁の色が違うところがあったから気になっただけだ。……悪かったよ。すぐ戻る」
僕はかび臭い空気を振り払うようにバタバタと来た道を戻ると再び井戸に繋がる奥の水路に足を踏み入れた。改めて水路の底面を眺めると、泥が集中しているところがまだ数メートル残っている。
「もう少し、かな」
「そうだな」
僕と明彦は複雑な気分で顔を見合わせた。「あとわずかで作業が終わる」という安堵と「この数メートルの土砂の中からも何も出てこなかったらどうしようか」という不安がせめぎあっていた。
「……どうしたの?」と片倉先生が黙り込んでいる僕らを心配そうに見やる。
「いや、何でもないです」
「ああ。作業を終わらせるとしようぜ」
明彦が汗を腕でぬぐって、シャベルを動かしたその時だ。「おい、真守」と彼は唐突に声をかけた。
「え、何?」
「そこに水色っぽいものが見えるんだが」
「何だって? あ、これか!」
明彦の言うとおり、僕らが土を掘り返そうとしていたところから水色の布のようなものがはみ出している。片倉先生の話ではタイムカプセルとして使用した卓上金庫は、湿気や錆を防ぐため防水シートで梱包したということだった。つまりあれがそうなのではないか。僕らは急いで土を払いのけて、それを引っ張り出す。確かに何か四角いものが水色のビニールシートに包まれているようだ。
「やった。やった……見つけたぜ!」
明彦が狭い水路の中で小さくガッツポーズをとる。
「よし、星原たちも呼んでくる!」
僕は少し離れたところで作業している二人の背中に声をかけようと近づこうとする。すると、向こうにいた二人もこっちに駆け寄ってきた。どうやら見つけたという声が聞こえたのだろう。
「星原、狭間さん。見つかったんだ」
僕がそう声をかけたところ意外な返事が返ってくる。
「そうなんです! 見つかったんですよ!」
「きっとこれに間違いないと思うわ」
えっ?
冷静に観察すると彼女たちは手にビニールシートに包まれた何かを持っている。僕は明彦を振り返る。彼もまた同じビニールシートに包まれた箱のようなものを持っていた。
改めて双方を見やってから訳がわからず、声を上げる。
「なぜ、二つもタイムカプセルが見つかるんだ?」
その場にいた誰もが僕の疑問に一瞬言葉を失った。
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