第13話 七年前の真相

 僕らは一度地下水路から外に出ると、掘り出した二つの包みをそれぞれ地面に置いてどうしたものかと考え込む。とはいえ、このまま何もしないでいても仕方がない。


「まず星原たちが見つけた方を開けてみようか」

「そうだな」


 俗にブルーシートと呼ばれる防水性の布を開封していくと、中からは灰色の樹脂製の箱が姿を現す。鍵を入れる穴とダイヤルらしいものが側面に設置されていた。


「ああ。これだ……これだよ」


 片倉先生はそれを目にするなり、感慨とも切なさともつかない感情があふれ出したらしくそれ以上はしばらく何も言葉にできずに呆然とその箱を眺めていた。おずおずと箱に触れて撫でまわしてから、彼女は僕らに向き直った。


「ありがとう。みんな」

「いや、そんなおおげさな」

「礼には及ばねえよ」


 僕は年上の女性に頭を下げられて戸惑って首を振った。一方、明彦は得意そうに鼻の下を指でこすって見せる。


「私は大したことしてないですし」

「……見つかって何よりね」


 星原たちもそんな様子を和やかな顔で見守っていた。しかし、そうなるともう一つの方が気になってくる。


「それで。……こっちの箱は何なんだ?」


 明彦も不思議そうに未だに正体不明のもう一つの包みに目をやる。僕と明彦が発見した方の青いシートに包まれた何かだ。


「考えていてもわかるわけじゃないし。開けてみようか」


 僕は包みに手をかけた。中を注意深く開いてみるとそれはプラスチック製の箱である。よく食品を保管するのに使うタッパーと呼ばれることもある代物だが、それなりに大きめのサイズで何か黒いものが入っているように見える。


「何だこれ?」


 僕はそっと蓋を開けて、中身を取り出してみた。


 どうやら黒色の茶碗のようだ。両手で抱えられる程度の大きさで、光が当たるたびにかすかに玉虫色に鈍く輝いている。器の中にはぽつぽつと幾つもの点が浮かび上がり、青黒い地肌の中で光っているので小さな夜空のような風情がある。


「それ……見せてくれる?」


 興味を持ったのか、星原が僕に手を伸ばした。言われるままに僕は彼女にその陶器を手渡す。星原は食い入るように鈍く光る茶器をじっと観察して、おもむろに呟いた。


「まさか……信じられない」

「え?」

「これ、曜変天目茶碗だわ」

「はあ?」

「嘘だろ?」

「何でこんなところに!?」


 僕らは唐突な展開に唖然としてそれぞれ困惑した声を上げた。片倉先生は話が見えないようで「え? 何の話をしているの?」と首をかしげる。僕は簡潔に先生にも事情を説明する。


「いや、実は七年くらい前にあの文化施設で展示されていた茶器が盗難される事件があったらしいんです。僕ら、最初は冗談のつもりで例の盆景はそれの隠し場所なんじゃないかって話もしていたんですけれど」

「でも『嘘から出たまこと』じゃあないけれど本当にこんなものが見つかるなんて」


 星原も驚きを隠せず目を見開きながら呆然とした顔になっていた。


 片倉先生は「ふうん」と少し驚いたように頷いて「でも、それが何故ここにあるのかな」と感情に乏しい顔で首をかしげる。


「そうか。……もしかしたら」

「何だ? 何かわかったのか?」


 明彦が僕を何事かと見やる。


「ほら、明彦が言っていたじゃないか。曜変天目茶碗が盗まれる直前に電気工事関係の人間が入り込んでいたと」

「ああ。確かにその話はしたけどよ。その後こうも言っただろ。その時に出ていった人間は誰もそれらしきものは持っていなかったと」

「実は、さっき地下水路に入った時に、井戸とは別の方向に行く分かれ道にモルタルの壁みたいなものが露出していたんだ」

「何だって?」

「それであの場所なんだけど文化施設の裏手あたりに隣接している位置なんだよ。例えば、文化施設の建設工事の時に『誰か』が地下水路の中に入って、すぐ隣にあった文化施設の地下室と穴で繋げていたのだとしたらどうかな」

「まさか……地下室の壁に穴を開けてすぐに塞げるように細工をしたってことか?」

「そう思っている。つまり、後で悪用するつもりで水路から建物の地下に繋がる穴を開けたんじゃないかと」


 そうなると地下室に展示されていた曜変天目が消えていた経緯も何となく真相が見えてくるのだ。


「おそらく犯人は自分が細工した建物に美術品が展示されたと聞いて入り込むチャンスをうかがっていたんだ。そして電気工事をするときに関係者として潜り込んで、曜変天目を盗み出した。当然そのまま持ち出すことは出来ないから、穴から出して水路に移動させたというわけ」

「……仮にそうだとしたら。何で犯人はさっさとこの曜変天目茶碗を回収しなかったんだよ」


 ここで星原が僕らの会話に口を挟んだ。


「多分、回収する暇がなかったんじゃない?」

「どういう事だ?」

「ほら、思い出して。盗難事件があったのも『七年前』ということだけれど、集中豪雨による土砂崩れがあったのも『七年前の今頃』という話だったでしょう。つまり犯人が曜変天目を盗み出して水路に隠した直後に、激しい雨が降ってしまったのではないかしら」


 話を聞いていた狭間さんがなお不思議そうに首をひねる。


「でも実際には『この水路の中に、まだ曜変天目茶碗はあった』わけじゃあないですか。なぜ犯人は見つけ出すことができなかったんでしょうか」

「その問題の曜変天目茶碗は犯人が穴をあけた方の水路ではなく、井戸に繋がる方向の水路の奥で見つかったのよね。……例のタイムカプセルと同じ様な場所で」

「ああ、確かに」

「これは多分バックウォーター現象によるものだと思うわ」

「バックウォーター現象?」

「豪雨とかで川の水位が一時的に高くなると普段は本川に流れ込んでいる支川の水の流れが逆流することが起きるの。これは排水管とかでも起こると聞いたことがある」

「ええと。つまり犯人は事前に地下水路に繋がる穴をあけておいて、電気工事の時に入りこんで曜変天目茶碗を水路側に出した。当然その時に穴は内側からパテで埋めるなり壁紙を張るなりして痕跡が見えないように塞いだ。……しかし後で回収するつもりが豪雨が発生して地下水路にも濁流が入ってきたので、曜変天目茶碗も一度暗渠の出水口の方に流された。さらにバックウォーター現象のために逆流が起こって枯れ井戸があった方の水路に運ばれることになったと」


 おそらくは狭間さんの言った通りだろう。片倉先生もふうんと納得したように首を振る。


「つまり犯人は大雨で流されたんだから当然隠していた水路か、その下流に流されているはずだと思い込んでいたんだね。まさか逆流でこっちの水路に運ばれているとは想像しなかったと」

「その後で出水口が崩れていたのも災いしたんでしょうね。多分犯人はあれを見て『鉄柵も壊れていたから、もっと下流に流された』と考えたのかもしれない」


 僕の呟きに明彦もやれやれと肩をすくめた。


「犯人からすれば悪夢のような出来事だろうな。折角盗んだお宝が回収できなくなって自分の知らないどこかに行ってしまったわけだからな」


 きっと犯人はその後、武家屋敷の水路跡周辺やあの壊れた橋の周りを探し回ったのではないだろうか。いや今でも探して徘徊しているかもしれない。


 明彦はため息をついて「それで、これどうするよ?」と困惑した顔で尋ねる。最初は宝が見つかったら面白い、なんて気持ちでいたものの実際にこんなものが出てきてしまうと対応に困るのだろう。


「盗難事件として報道されたっていうことは被害届も出ているんだろ? 四谷先生に言って警察に届けてもらえば正しい持ち主に返してくれるんじゃないかな」

「ちょっともったいない気もしますが、そうしましょうか」


 狭間さんも微笑みながら相槌を打った。

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