第7話 答えは「闇の中」

 白い電灯が床を照らしていた。部屋の中にはいくつかの棚があり陶器が飾られている。


 神社で写真を見つけてから週が明けたある日の放課後である。僕ら四人は今後の方針について話し合うべく再び陶芸部の部室に集まっていた。前と同じように、例の盆景と見つけた写真を取り囲むような形で座って顔を突き合わせる。


「……結局見つかったのはこの写真だけか」と明彦が呟いた。

「何なんでしょうね、これ」


 狭間さんもどうしたものかと困惑しているようだ。一方、星原は写真を見つめながら静かな表情で見解を語る。


「多分、手掛かりが足りていないのよ。あの白鳥の像のところに一つ。大鳥神社のところに一つ。もしかしたらもう一つくらい何かあったんじゃあないの?」

「もう一つくらい、か。つまりこの盆景の中にまだ探すべき何かが隠されているってことになるが。ひょっとするとその写真にヒントが隠されているってことはないかな」


 今のところ、その写真が唯一の手がかりなのである。僕の言葉に明彦は写真とにらめっこを始める。


「うーん。この写真を見て何か特別なことがあるかと言われても。おっ! 待てよ?」


 何か気が付いたのだろうか。


「この左に映っている男子と女子、付き合っているんじゃねえのか?」


 僕はがっくりと肩を落としそうになる。狭間さんはこの手の話が好きなのか「え? そうなんですか?」と興味深そうに食いついた。


「あー、本当ですね。この二人だけ手を繋いじゃってますよ。いやーんな感じですねえ」

「それ、重要か?」


 流石に呆れて突っ込む僕に明彦が平然と言い返す。


「バッカ、お前。当時の片倉先生の気持ち考えてみろや。三人で部活やっていて、男子一人と女子が二人。そんでもって自分以外の男子と女子が良い感じになっているんだぜ。俺ならやってられないね」

「なるほど! そう言われてみるとこの写真の片倉先生、思いつめた表情していますよ。これは好きな人がいる目ですよ。きっと二人に嫉妬しちゃってますね!」


 何を根拠に言っているんだ、それ。だが二人の悪乗りは止まらない。


「おそらくアレだ。片倉先生はこの男子生徒のことが好きだったんじゃねえのかな。でもこの男子はこっちの明るい系の女子を選んだと」

「『三角関係』ってやつですね!」


 いい加減にしろよ、と僕は心の中で嘆息する。勝手に当時のゴシップ話を作られる片倉先生が可哀そうである。星原も何か言ってくれ、と僕が隣りを見ると彼女は目を大きく見開いて愕然とした表情になっていた。


「……星原?」

「ああ。そうか。そういう事だったんだわ」


 彼女は急にぶつぶつと呟き始める。


「何? どうしたんだ?」

「『三角』。『白鳥』に『鷲』。私ったら何で今まで気が付かなかったのかしら。こんなにわかりやすいヒントが散々出ていたっていうのに」

「何のことだ?」


 星原はここで問いかける僕をじっと見つめ返した。


「月ノ下くん。片倉先生はこの学校にいたころ部活に所属していたと言っていたけれど、何の部活だったと思う?」

「何の部活って……」


 そう言われてみると、ちゃんと聞いていなかった。あの文化施設で活動していたとか校外で活動するとか言っていた気がするが。


「この写真を見て。……特にユニフォームを着ているわけでもないから、多分『文化系の部活』。それでいて『校外で活動することもある部活』。それにほら、このメッセージ」


 彼女が指さしていたのは目の前に置かれた盆景だ。そう、そこに書かれていたのは日付と「星を求めて歩くとき、隠されたものはまた現れる」というメッセージ。


 星を探す部活?


「もしかして……天文部か?」

「ええ。そして天文部が校外活動するのはいつ?」

「夜、だろ?」

「そのとおりよ」


 その言葉を言い終わるや否や、彼女は唐突な行動に出た。急に立ち上がると、部屋の電灯を消してしまったのである。


「おい、何だ?」

「何です?」


 明彦たちが困惑した声を上げる。陶芸部の部室は校舎の一角にある奥まった場所で窓からの採光もあまり良くない。そのため今のような夕暮れの時間帯では電灯が消えると夜のように暗くなってしまうのだ。これでは周りの様子が見えない。そう思った僕の目の前に青白い小さな光が現われたではないか。


「え。これは……」

「どういうことだ?」

「光っている?」


 僕らの目の前で鈍く光っていたのは例の盆景だった。あの箱庭の中に光の点がいくつも浮かび上がり、小さな星空を作り上げていたのだ。


「そうか。この盆景、白い点があちこちにあってカビが生えているのかと思ったけど、そうじゃなくて『夜光塗料』だったのか! それにこの形は……」


 そう。この形には見覚えがある。確か子供の頃、教科書で見たはずだ。僕の言葉に応えるように、星原が続ける。


「ええ。『白鳥座のデネブ』『わし座のアルタイル』それに『こと座のベガ』。夏の大三角形ね」


 つまり、あの「白鳥」と「鷲」の人形はこの地図で言うそれぞれの「星座の一等星」の場所に置かれていたのだ。


「『白鳥の石像』や『鷲の神社』がある場所を夏の星座になぞらえて、地図を作ったわけだ。天文部らしい遊び心だな。……ということは残りの一つ。『こと座のベガ』がある場所に最後の手がかりがあるんだな?」

「おそらくは」


 彼女は僕の言葉に相槌を打って、電灯を点けた。

 再び部屋の中に明るい光が戻ってきて、周囲の地形を示した箱庭が僕らの前に現れる。


 そして「こと座のベガ」が示す「最後の手がかりがある場所」、それは学校から少し離れたところにある河川にかけられた「アーチ橋」だった。


「ここに宝の手がかりがあるんですかね」


 狭間さんが期待に満ちた目で盆景を見つめる。


「正直言って宝かどうかはわからない。でもきっと片倉先生にとって大切な何かなんじゃないか?」

「そうだな。この流れだと片倉先生が所属していた天文部に関わる何かなんだろうな」と明彦も僕に同意した。


 天文部、か。今現在うちの学校には天文部が存在しない。おそらくは片倉先生が卒業後に部員が集まらなくて廃部になったのだろう。だが当時の彼女にとっては青春を過ごした大切な場所だったはずだ。


「場合によっては、なんだけど。片倉先生に話して了解を得てから宝探しをするというのはどうかな」

「私もあの先生に事情があって何かを隠したのだと思う。別に悪いことをしていたという訳でもなさそうだし、もし私達だけで見つけられないようなら素直に先生に相談しても良いかも知れないわ」


 星原も僕に頷いて見せた。

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