第6話 「黒い鳥」を探せ
駅前の国道は車がひっきりなしに通り過ぎている。僕らは横断歩道の前で信号が変わるのを待っていた。
「場所の見当はついているのか?」
明彦が僕の方を見て首をかしげる。
「ああ。たぶん、この先の商店街のあたりだと思う」
僕は例の盆景の画像とこのあたりの地図を見比べて首肯した。
あれから一日が経過した放課後。僕らは今度は「黒い鳥」が置かれていた場所を調べてみようと集まって、学校から最寄りにある鉄道駅までやってきたところである。またもシャベルなどが入ったカバンを背負った狭間さんが顔をしかめながら口を開く。
「でも『白い鳥』は白鳥の像でしたよね? じゃあ『黒い鳥』は何なんでしょうね」
「それはわからないが、市街地にいる黒い鳥だろ? ……カラスのことかな」
「でも多分『本物の鳥』というわけではなくて、何か別の目印になるものを指しているのでしょう? 白鳥とかならまだわかるけれどカラスの銅像なんてあまり聞いたことないわ」
星原が淡々とした口調で答える。
「とりあえず行ってみれば何かわかるかもしれんな。お、信号変わったぞ」
明彦が早く行こう、と僕らを促した。
駅前は華やかだが離れるにつれて周囲は静かな雰囲気になる。ちょうど商店街と住宅街の境目とでもいった感じだ。
「そういえばさ。この間、話した七年前に学校にあった曜変天目が盗まれたっていう件なんだけどよ」
明彦が歩きながらの雑談トークを振り始める。
「ああ。あれがどうかしたのか?」
「亀戸先生に当時の事を知らないか聞いてみたんだが、何だか面白いことを言っていたんだ」
「面白いこと?」
ここで彼は雰囲気を作るように声をひそめてみせる。
「当時建てられた文化施設は、演奏用のミニホールや美術品の展示なんかに使われていたらしいんだけどよ。美術品の展示室は地下室にあったんだそうだ。例の曜変天目もその地下の展示室に置かれていた」
「それで?」
「七年くらい前のある日の朝に一人の教師が展示室に入った時にガラスのケースに穴があけられて曜変天目が無くなっていたことに気が付いた。しかし前日は休日だからその施設を使う人間はいない。電気工事の業者が地下にあった電気設備室の周辺に何人か入っていた程度らしい」
「じゃあ、その人達が怪しいじゃないか」
「でもな。工事の初めと終わりで立ち会っていた職員の証言によれば、地下室から出てくるときに怪しいものは持っていなかったそうだ。そもそも盗まれた器も持ち運びくらいは一人でもできるが大きさとして直径二十センチくらいはあるんだと」
「簡単に隠し持つことは出来ないってわけだ。……じゃあ出入口以外、例えば窓からでも外にだして後から回収したとか」
明彦はやれやれと肩をすくめる。
「言っただろう。展示室は地下だったんだ」
「ああ、そうか。つまり窓はない。……するとその立ち会っていた職員が怪しいのかな」
「どうかな。いくら何でも自分か疑われるに決まっている状況で盗んだりはしないだろ」
「なるほどね。電気工事をしていたとなると監視カメラも一時止まっていただろうし犯人は解らないままというわけか」
確かにちょっとしたミステリーと言えなくもない。
「警察も近くの故買屋や匿名オークションのたぐいを当たっていたんだが、そう言ったところに出てきたという話も聞かないんだそうだ」
「それじゃあ、犯人は金にも代えていないのか。コレクターの犯行なのかな。……いや待てよ。今、曜変天目が盗まれたのは『七年前』といったよな」
「ああ、そうだが」
僕は携帯電話で例の盆景に画像を確認してみる。
「明彦。……あの盆景、作られた日付は『十年前』だ。『星を求めて』とかいうメッセージが何なのかはわからないが、『七年前に盗まれたもの』が『十年前に隠されていた』となると話がおかしい。つまり僕らが今調べている盆景と盗まれた曜変天目は全く何の関係もないな」
「あ……そういやそうか。まあ元々そうだったらいいな、程度の期待だったけど」
そもそも「例の盆景が曜変天目を隠した場所を示している説」自体が「星」という単語から連想しただけのこじつけに近い代物だったのだが。
僕と明彦がそんな不毛な会話を交わしていると、隣の星原が落ち着かない様子で後ろを振り返っていた。
「星原、どうかしたのか?」
「いや、誰かが後ろをつけているような気がして」
「後ろを? 尾行しているってこと?」
その言葉に僕らも立ち止まって周囲を窺ってみる。しかしそれらしい人影はない。もっとも夕暮れ時の街中なのだから普通に歩いている人もいるのだ。仮に尾行していた人間がいたとしても、そうでない人間との区別は難しいかもしれない。
明彦が肩をすくめる。
「気のせいじゃねえのか?」
「そうなのかしら。誰かに見られているような感じだったのだけれど」
彼女の感覚や観察力はそれなりに信憑性があるとは思うが、今回は仮にそれが本当でも確かめようがないし、単純に僕らと行き先が同じ方向の人間がいたというだけのことかもしれない。
「……とりあえず行こうか。目的の場所はこの先のはずだ」
僕は先に進むべくみんなを促した。
地図を見ながら足を動かすこと数分。僕らはついに目的の地点に到達した。
だが、そこは一見ただの商店や住宅に囲まれているだけのなんという事はない場所に見える。歩道を主婦や会社帰りのOLが歩きまわるごく普通ののどかな空間だ。
「ここがそうなのか?」
明彦が不審そうな顔になる。
「だと思うけど。……ちょっと調べてみようか。黒い鳥に関係しそうなものがないか」
「といってもどのあたりを調べればいいの?」
星原も首をひねりながら質問する。
「大体この一区画あたりだよ。おそらく五分もあれば歩いて一周できる程度だ」
「うーん、なんか宝があるっていう雰囲気じゃないですが。まあ調べてみますか」
狭間さんもピンと来ない表情だったが、とりあえず僕らは手分けして辺りを歩き回ることにした。
しかし……。
「何かあったか?」
「何も」
「こっちも黒い鳥に関係しそうなものはなかったわ」
「そこのお店で九官鳥を飼っていましたけどね、飼い始めたのは三年前だそうで。流石に何の関係もないと思います」
ものの十分で調べられるような場所は無くなり、何一つ収穫になるような情報は得られなかったのである。落胆した僕らはすぐ近くにあった小さな神社の境内に座り込んでいた。
「確かにこのあたりなんだけどな。おかしいな……」
僕のぼやきに明彦が答える。
「石像とかがあるのは公園とかだろ。別の場所ってことないか? 見方を間違えているとか」
そう言われると自信がなくなってきた。
「……学校に帰って、もう一度あの盆景を見て場所を再確認した方がいいかもしれませんねえ。あるいは」
狭間さんも肩を落としながらそう呟いた。
「そうだな。折角だし、この神社お参りしていこうか。何か見つかりますようにってさ」
「そう言えば、何のご利益があるのかしら。ここ」
僕と星原は興味本位で神社の鳥居の前にもどって見上げるとそこには「大鳥神社」と書かれていた。
「お、大鳥神社……?」
「待って、あそこに詳しい説明書きがあるわ」
星原が指す先には確かに看板らしいものがある。そこに書かれていたのは神社の由来と祭られている神様の名前だ。
「ええっと『市の取引の平穏無事を守るため、創建された。
「ふうん。天日鷲神というのは開運、開拓や殖産の神様みたいね」
星原が携帯電話でインターネットを開いて神社の詳細を調べていた。ふと気が付くと、明彦と狭間さんも看板の近くにやってきている。
「ちょっと待て。つまり、この大鳥神社の鳥というのは『鷲』のことなんだな? じゃあひょっとして『黒い鳥』はここのことなんじゃないか?」
「鷲! 確かに一般的に鷲の羽は黒とか焦げ茶色とかですよ!」
確かに他に思い当たりそうな場所は見当たらない。それに神社や寺というのはそうそう無くならないのである。何かの目印としては打ってつけなのではないか。
「調べてみる価値はありそうだな。でも何かをここに隠したのだとして、どこに隠したんだろう?」
「人の土地に、しかも神社に勝手に穴を掘って埋めるとは思えない。意外と簡単に見つかるところかもしれないわ」
星原が顎に手をあてて考え込みながら推論を述べる。
「よし。やってみるか」
僕らは手分けして神社の中に怪しいものはないか調べて回った。そこそこの広さはあるが、神社にある建物そのものが限られている。本殿や手水舎、社務所くらいである。
そして数分後。僕が星原と狛犬や灯篭などを調べていると「あったぞ!」と背後で明彦の声が響いた。
「見つかったのか?」
「行ってみましょう」
僕らは本殿を調べていた明彦たちの所へすぐさま駆け寄る。見ると明彦が何か紙切れのようなものを掲げている。
「これじゃないか?」
明彦が手に持っていたのは一枚の封筒だった。彼曰く、なんでも本殿を調べていたら縁の下に張り付けられていたそうだ。
「そんな場所にあってよく今まで誰にも見つからなかったな」
僕は感心して思わずため息を漏らす。
「ラッキーですね。神様も私たちに宝を見つけろと言っているんですよ」と狭間さんも頷いた。その目は期待にキラキラと輝いている。
「それじゃあ早速中を見ましょう! 早く!」
「落ち着けって。それじゃあ開けるぞ」
明彦が勿体付けるように中を見るとそこにあったのは一枚の写真だった。
「なんだ、これ?」と彼は首をかしげた。
僕と星原も彼の手元を覗き込んで観察する。写されていたのは僕らと同じ天道館高校の制服を着た三人の少年少女だ。一番左に映っているのは明るい雰囲気で笑みを浮かべた女の子。そしてその少女と手を組んで立っている気取った雰囲気の少年。その二人から右のところに少し離れて立っている髪を三つ編みにして眼鏡をかけた陰のある雰囲気の少女。
日付はあの盆景が作られた十年前と同じ年の三月である。
裏を見ると「部の皆と一緒に卒業記念に」と書かれている。
「……どういうことだろう」
「つまり、この三人はうちの学校で何かの部活動をしていた生徒たちでこれは卒業する時に記念に撮影したもの、ということよね」
「これが宝の手がかりなのか? ……いや、ちょっと待て。この人はもしかして」
明彦が何かに気づいたように写真を食い入るように見つめている。
「どうかしたんですか?」
「これさ、あの片倉っていう先生じゃないのか?」
「え?」
「何ですって?」
明彦が指さしていたのは一番右に立っている眼鏡をかけた少女だ。僕らも彼の言葉を受けて写真を改めて観察する。
「本当だ。……これ、片倉先生だ」
「ということは、あの盆景のメッセージには片倉先生が関係しているっていうことなの?」
「まさかあの人が卒業する時に何かを隠して、手掛かりとしてあの盆景を残したんですか?」
事情がわからず僕らが頭を悩ませていた、その時。
「君たち。……こんなところで何をしているのかな?」
背後から聞き覚えのある声が投げかけられた。神社の境内に立っていたのは、黒い髪を伸ばして眼鏡をかけた陰のある雰囲気の女性。まさにちょうど話題にしていた片倉先生だった。彼女は相も変わらぬ陰鬱な目つきで僕らを睨んでいる。
「いや、そのですね」
もしも。……もしも片倉先生がこの学校を卒業する時に人に知られたくない何かを隠したのなら、僕らがそれを探っているのを知られるのはまずいかもしれない。
例えば先回りして隠したものを処分してしまうとか。
そう考えた僕は背後に隠し持っていた写真をすばやく服の下に滑り込ませる。
「ちょっと、学校帰りに風情のある神社があったものですから、つい寄り道しちゃいまして」
とっさに僕は当たり障りのない戯言で誤魔化すことにした。
「寄り道。……それだけ?」
彼女はいぶかしむように僕を凝視する。
「はい、先生はどうしてここに?」
ひょっとして僕らの後をつけていたのは、つまり先ほど星原が感じた気配はこの人だったのか? 何か後ろ暗いことがあの盆景には隠されていて、それが知られたくなくて何かと嗅ぎまわっているらしい僕らを見張っていた、とか。
そんな僕の疑いをよそに片倉先生は少し黙り込んでから口を開く。
「学生時代にね。校外で活動したあと部活の皆とここで一休みしておしゃべりとかしたことがあったんだ。……言うなれば思い出の場所だね」
部活の皆。それは写真に映っていたあの二人の事を指しているのだろう。
「……そうだったんですね」
僕らは踏み入れるべきではない人のプライバシーを侵害しようとしているのかもしれない。不意にそんな気持ちになった。
「月ノ下くん。……行きましょう」
星原が僕を促すように袖を引っ張った。
「そうだな。それでは、そろそろ失礼します」
僕らは片倉先生に軽く礼をしてその場を後にしたのだった。
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