第8話 暗渠と「最後の手掛かり」
人気の少ない下り坂に山林の影が下りている。
「考えてみたら学校の近くなのにこっちの方には歩いたことなかったな」
前を歩く明彦が感慨深げにそんな言葉を漏らした。あれから更に一日が経過した夕暮れ時。僕らは授業終了後に再度探索のために集まったところである。
いつもは学校の前の国道からバスに乗って駅から帰るわけだが、今僕らが歩いているのは校舎を挟んで反対側の道に裏から出て山林に背を向けて市街地の方へ進むルートだ。
しかし普段の道と比べると店舗のたぐいもなく民家の割合も少なく、どこかうら寂しい様子である。茜色に染まるアスファルトが更に何とも言えない心細さを掻き立てる。
僕らはとりあえず最後の手がかりがあるはずの場所へ四人で向かい、何があるのか確かめるつもりだった。そしてそこに何かあっても何も見つからなくても片倉先生に見つけた写真を渡し、もし話してくれるのなら事情を教えてもらう。そういう方針でいくということで結論を出した。
「それにしても何で『こと座』が『橋』なんでしょう? 白鳥や鷲が石像や神社から取ったのはわかりますが」
狭間さんが腑に落ちない様子で疑問を口にする。
「ほら、あの盆景に表現されていた橋なんだけどアーチ橋だったでしょう。アーチ橋の中には本体の上部分にアーチを作って、そこから路面を吊り下げたりするものもあるじゃない。ああいうので大きいものを『ハープ橋』なんていうこともあるらしいの」
僕は星原の説明を聞いて橋の構造をイメージしてみる。
上に丸く曲線を描いた鋼鉄のアーチからケーブルで道路を吊ることで長い年月の負荷に耐えられる構造としているということだろう。たまに大きい河川では見かけるデザインだが、遠くから見ると竪琴のようにみえるからそう呼ばれるものもあるのは頷ける。
「だから、こと座をあの場所の象徴として盆景を作ったわけか。しかしそうだとすると結構大きい橋ということになる。その周囲に何かを隠したとなると流石に探すのに一苦労しそうではあるな」
僕の呟きに明彦が「ふふん」と鼻を鳴らす。
「そうは言っても、公共の場所だからな。目印になりそうなところで簡単に無くならないような場所なんて限られているんじゃ……おや、ありゃなんだ?」
彼は何かを言いかけたところで、急に他のものに気を取られたように声を漏らした。明彦の目線の先を追ってみると僕らが歩く道の端に何やら石柱のようなものが見えるではないか。
星原と僕は近づいて、その背丈の半分ほどの石の塊に目を向ける。
「これは多分、欄干だわ」
「欄干? つまり橋に設置するあれか。でも何でこんなところに?」
僕は周りを観察するが、川なんて流れていない。といって、見てみる限り陸橋が必要なほど周りが落ちくぼんでいる土地でもないのだ。
何もない道路に、ただ橋の欄干だけが一本残っている。そんな状況だ。
「きっと以前はここに川が流れていたのよ。いや、この辺りは開発前は農地が多かったらしいから用水路かもしれないけれど。おそらく
「暗渠って何です?」
「つまり何かの理由で地中に埋設された河川や水路のこと。この場合はきっと交通上の問題で川の上を通れるように地下に埋めて別の所から排水できるようにしたのよ」
狭間さんの疑問に星原はすらすらと答えた。明彦はぽかんとした顔で星原を見る。
「じゃあ、俺たちが今いる場所が川の上だって? ぴんと来ねえな」
「もう少し歩いてみれば排水溝が見えるかもしれないわ。私たち今緩やかな坂を下っているみたいだもの」
彼女の言葉は数分後に証明された。僕らがさらに歩を進めると道路の脇に川があったのだ。そしてその川の土手には人が歩けるほどの幅の排水溝があり、明らかに僕らが歩いてきた方から水が流れていた。子供が入ったりしないように安全のためということなのか、排水溝の口には柵が設置されている。
「なるほどな。たしかに俺たちは水路の上を歩いていたわけだ」
明彦が感心したように腕を組んで頷いた。
「あ、でもさ。この川ってもしかして」
「ええ。多分、私たちの目的地の『橋』があるところに続いているんじゃないかしら」
僕と星原の言葉に、明彦と狭間さんは色めき立った。
「何、本当か?」
「それじゃあ、近いですね!」
いうや否や彼らは急ぎ足で川の先の方へ向かう。
「ちょ、待ってくれ!」
「あの子、元気ね。……雲仙くんもだけど」
帰宅部と陶芸部にしては体力が有り余っているあの二人と比べるといたって文化系の僕らとしては彼らのテンションについていくのが時々辛いのだった。
僕と星原は息を切らしながら、どうにか明彦たちに追いついた。
そこは都内のとある河川で、堤防の下に雑草が生い茂る河原が広がっている。その向こうにアーチ型の橋が架けられているではないか。
「……あれ、か」
「…………でも見たところ、どこに何が、隠されているのかわからないわね」
星原は僕のすぐ後ろで肩を上下させながら言葉を紡ぐ。
一方、明彦たちはどういうわけか立ち止まって顔を見合わせていた。
「明彦? どうかしたのか?」
「いや、ほら。……あそこに居るのって片倉先生なんじゃないのか?」
「えっ?」
彼の指さす方を見やると、確かにそこには見覚えのある後姿がどこか淋しそうな様子で河原の堤防に座り込んでいた。
「……本当だ」
「どうしましょうか」
狭間さんが困ったような顔で僕を見上げる。
これは話すべき時が来た、ということなのではないだろうか。
「僕が行くよ。いいタイミングだ。今までのことを全部説明して片倉先生にも話を聞こう」
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