懐かしさと自分の立場
✝ ✝ ✝
午前中までそこで行動していて町を離れたのは二時間となかったはずなのに懐かしかった。
町中に入ったら馬車に揺られているのは我慢できなくて黒い馬車のドアを飛び出してひた走った。
「アマリリス、レン!」
蹴り倒すようにドアを開けた私が見た者はがらんと広いだけの室内だった。
「……ドウ、シテ?」
お帰りと言ってくれる人は誰もいなかった。何も言わずに消えてしまった二人の仲間たち。
茫然としながらもドアを閉めれば、内側に分厚く折畳んだ紙がナイフで張り付けられていた。
「なんなのよ。これは」
どうしようもなく声が震えたが、抑えられない。
「依頼屋の言ったことが事実なの?」
声を出しても誰も答えを返す者はいない。折りたたまれていても端がそろっていない不器用な紙はレンを思い出させた。
「不器用だからな。アイツ……」
思わず乾いた笑いが漏れた。手紙を開くと間違いなくレンの字だった。
私は長い手紙を読み進めていくうちにわかった事がある。
「レンが旅に。アマリリスはこれから」
いつのまにか瞳から透明な雫があふれていた。
読んだ文字が頭の中でくるくる廻る。レンが知らぬ間に飄々としながら前に進んだことを知り、アマリリスが生涯を終えるであろうことを知った。
座り込み、どれくらい座っていたことだろう。頬につたった涙をノロノロと拭き取り、握った手紙を懐へとしまった。
「わたしにできる、最善のこと」
何気ない呟きを宣言にするために足は自然に動いた。
王宮へと――
✝ ✝ ✝
レンは気まぐれに足を止めた。
「にしてもこれは酷いな。どこの施設を訪ねたって平民の意見なんてだれも求めていないんだから」
此処はどことも知れぬ田舎道でレンは許婚に思いをはせた。
「アイツは不器用だからな。俺がアマリリスの代わりに世話してやるか」
レンは独り言をごちてゆっくりと歩き出した。
✝ ✝ ✝
「目が違うな。目標がさだまったんだ?」
門前に立っていた依頼屋はからかうように話しかけてきた。その横ユーリーは素通りして王太后のもとへと向かった。カツコツと背筋を伸ばして颯爽と歩き続けて案内された部屋に入った。
「后としてお世話になりたいと思います」
「決断をしたのですね。判りました。この世界で生きるすべを教えて差し上げましょう」
「いいえ。私は私のやり方で、私の想いをやり遂げますからご心配なく」
王太后はむっとした顔をしているが退出して王さまの自室に案内されたのだがそこで王さまは笑ってこう言った。
「ママと仲良くやって言ってくれよ」
この一言で王の根性を叩きなおすことも必要があると分かってユーリーはこう返すことに決めた。
「最大限の努力はさせていただきます。ですが一つだけ陛下に申し上げたい事が。非礼な行為かもしれないのです。お許し下さいますか?」
「ほう。それはどんなことだ?まあ不敬罪などという不躾なことを妃に言うつもりはないから安心していってよいぞ」
「その心づかい感謝いたします」
ユーリーは大きく空気を吸いこんで思いっきり言葉を吐いた。
「その年でママとか言ってんじゃないわ!カッコ悪いったらないんだから!」
その言葉にあわてて部屋の外を見たと人がいないことを確認している王を見てユーリーは声をあげて笑い、そして思った。
(案外この人と一緒は楽しいかもしれないわね)
✝ ✝ ✝
初夏のことだった。美しい花嫁が王太后の役目を背負い、貴妃の座に就いた。
彼女は奏上してくる朝廷の官吏の不正をよく見抜き、いくつもの政策の原案を立てた。
王太后との対立もあったが、彼女はうまく王太后の要望と折り合いをつける。
これによって閣僚内での不正が目に見えて無くなった事は国にとって公にしないほうがよい秘密である。
予言の少女は此処に誕生といわれ、太古の予言は戦いに塗りかえられて物語となる。
神と対話した数少ない人物として生涯、陛下を助けたのだった。彼女の口癖は
「王さまはカッコワルイ」だったとか――。
だが、位を授かった翌年に呟かれた妖精の言葉は誰も知ることはなかった。
『ほらね、ユーリー。あなたは私とは生きられなかったでしょう。でも過ごした三ヶ月は楽しかった。ありがとう』
彼女の体が風にさらわれて砂が崩れるように消えたことを知る者はいない。
ユーリー物語 完 朝香るか @kouhi-sairin
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