楽園へのトリガー

DJ Peaceful Q

第1話

楽園へのトリガー 1



「ビスミッラーヒ・ラフマーニ・ラヒーム。クルフワッラーフ・アハドゥ。アッラーフ・サマドゥ。ラムヤリドゥ・ワラムユーラドゥ。ワラムヤクッラフー・クフワン・アハドゥ」


 俺は頭の中でこの章句を誦じていた。朝日が登る前の静けさの中、心臓の鼓動を強く感じながら礼拝を終えるとアッラーに対しての畏敬の念がふつふつと心の中に湧き上がって来るのを感じた。


「そろそろ行こうか?」


 運転席に座っていた仲間のムジャーヒドが声をかけて来た。頷いて俺は助手席でハンドガンを握り締めた。そうして「アッラーは偉大なり」と心の中で呟いた。

 

 景気付けのサイレンを鳴らしながら車を人気の無いメインストリートへと走らせ、数分後には爆音の鳴り響く朽ちかけたウェアハウスの前に車を止めた。入り口からは重低音を効かせたヒップ・ホップのサウンドが漏れ出ている。その前ではジョージ・コンドの描いた王冠をかぶったアフリカ系の男がプリントされている黒いTシャツを着た男が一人のっそりと立っていた。目は虚だ。


「感染して感情の無くなった不信仰者がいる」俺はそう思いながら車から外へと出た。

「手を上げろ」ハンドガンのグリップを握り銃口を男の頭に向ける。銃口を向けられているにも関わらず、男は無表情で俺達を見ていた。


「こいつ怖く無いのか?」初めて現場に出るムジャーヒドが俺に聞いて来た。

「感情が無いんだよ。怖いとか、苦しいとか。そういった感情がウィルスに感染すると無くなるんだ。勿論死に対する恐怖心も無い」俺はそう言うと、トリガー上部に右手人差し指をあて、反対方向から親指でフレーム部分を押さえてハンドガンを両手の中で固定した。


「早くやらないと、こいつの吐き出しているウィルスのせいで俺達も感染するぜ」


「そうだな」俺は頷くと最後の慈悲を男にかけた。


「言えよ。アッラー以外に神は無し」


男は相変わらず無反応だった。


「無理なんじゃない?こいつ感情が無いんだろ」ムジャーヒドがそう言って早く帰りたいという素振りを俺に表した。


「待ってくれ」

俺はもう一度男に対して言った。


「言えよ。アッラー以外に神は無し」


暫くの沈黙の後カラスの鳴き声が聞こえ、朝日がうっすらと登って来た。男の顔が朝焼けで赤くなった空と共に薄すらと赤く輝いた。その瞬間、無表情で虚だった男の目が少しだけ開くと男はくぐもった声ながら「アッラーなんているわけねーだろ」


それを聞いて俺達は顔を見合わせて頷いた。


「あばよ、天国に行きな」俺はトリガーを静かに引いた。


続く


(注)ジョージ・コンド

 アメリカのコンテンポラリー・ビジュアル・アーティスト。カニエ・ウェストの2010年のアルバム『マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー』のアルバムアートワークを担当。当アルバムは過激な描写の為、Spotify等のDSPではモザイクがかかっている。

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