代償

先ほどと同様のひどい眩暈。

けれど、私にとってそれは自分が自分じゃなくなるような気持ち悪い感覚じゃなく、自分を取り戻すようなどこか暖かい感覚を覚えるものだった。

眩暈自体はひどいけれど、幸福に近づいているような。


そして、眩暈がおさまる。

そして、世界は変わる。


ポケットの中でスマホが振動する。

取り出すと、そこには、もうずっと見ていなかった、遠くへ行ってしまったはずの人からのメッセージ。


『お母さん:遊びすぎて遅くならないようにしなさいよ』


「お母さん……」


涙がこぼれていく。

声、声を聞かないと、わからない。

震える手で電話をかける。


『どうしたの、突然電話なんて珍しいわね』


「お母さん、お父さんはもう帰ってる? 康太は?」


変わってもらって父と、弟の声を聞く。

二人とも不審がっていたが、そんなことどうでもいい。

家族が帰ってきた!

電話を切った後も体の震えが止まらなかった。


「さてさて、君の家族を救ったわけだが」


「ありがとうございます!」


私は狭間さんに深々と頭を下げる。

彼は何も要求しないだろう。

だって彼が金の亡者だっとしたら、事件を消すんじゃなくて、真実だけ見て事件を解決し、依頼人からお金を取るはずだから。

だからこれで十分なはず。

しばらくして頭をあげて、にこにこしていると、彼はニヤニヤと笑っていた。

え、私なにか勘違いしてる?


「私は君から依頼料を受け取る必要がある」


「ちょっと待ってください。いつも依頼人からお金なんて受け取ってませんよね」


やれやれというように肩をすくめる彼。


「彼らが出してる依頼料は事件自体さ。それが僕の小説の肥やしに、つまり僕の稼ぎになっているわけだからね。でも君のは事件でも何でもない。しかも君はそのことを覚えているときてる。料金を受け取らない意味が分からないね」


お金なんて、ない。どうしよう。


「覚えてるって言っても。そんなことあったなんて証拠がないですよね!」


先ほどの彼の言葉を使う。

これなら。


「おっと、そんなこと言っていいのかな? 今から過去の改変をなしにすることだってできるんだぞ」


「過去改変は依頼された時だけって条件のはずじゃ」


「依頼取り下げっていうのない話ではないだろう?」


彼の言葉で血の気が引く。

改変するのにはその条件かもしれない、でも取り消しなら無制限に出来る可能性が、確かにある。


「そんな! 私、お金なんてありません……」


彼はあたふたとする私を見て声を上げて笑うと、条件を告げた。


「ふふっ、やっぱり気に入ったよ。君には、僕の助手になってもらおう」


「えっ?」


こうして、時間跳躍の記憶特異点である私、特永異子とくながことこと、依頼によって時間跳躍、過去改変できる作家探偵、狭間跳人の二人での探偵事務所がスタートしたのでした。

私たちの活躍はまた別のお話。

ってか実は活躍しすぎて、滅茶苦茶忙しいんだけどね!

今回やっと出会いの話が書けたわけだし。


彼が助手を欲しがったのは、自分で事件を詳細に記録するのが面倒だから、とか時間跳躍の欠点は条件以外にも他にある、とかまとめたいことはたくさんあるけど、忙しすぎて手が回らない……。


私はそんな彼に振り回されながら、今日も眩暈と、事件と戦うのです!


記録終わり。

さて、依頼人を迎えに行かないと……。

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世界の揺らぎを観測し、私はあなたにたどり着く 篠騎シオン @sion

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