条件

「正解。いいねぇ、君」


手を叩きながら笑う彼。

どうやら、私の考えていたとんでもない話は、真実だったようだ。

すごいことだ。

奇跡の力だ。


でも、私はなんだか無性に腹が立ってしょうがなかった。


過去に戻る力がある?

じゃあ、どうしてもっとたくさんの人の命を救わない?

彼に解決した事件の他にもたくさんの本当にたくさんの事件がある。

日本では少ないけれど、大量虐殺事件だってある。

歴史に残っている。

つまりそれは、彼が改変していない、見過ごしている過去、ということだ。

しかも彼を解消した事件を自分の小説のネタにして、食い物にしている。

そんなの許されていいんだろうか。

違う、正当性とかそういうのより、私の本心は。


「そんな力があるなら……私の両親を救って欲しかった」


そう思って私は泣き崩れる。

けれど、そこでふと冷静になる。


別に泣く必要はないんじゃないか。

だって、この人は過去に干渉できる力がある。

今からでも、助けることが出来るんじゃないか……!

私は頭の中で必死に情報をまとめる。

彼を動かす。

そのためには……脅すしかない。


「こんなこと、出版社が知ったらどうなるかしらね」


私はゆっくりと彼を見ながら話す。

こちらは余裕たっぷりだ、そう見せるために。


「というと?」


私の言葉に興味深そうに返してくる狭間さん。

その余裕そうな表情は私をイラつかせる。

けれど、秘密を握っているのは私の方だ。


「だって、あなたの本フィクションでうってるんでしょ? ノンフィクションだとわかったらみんな黙ってないんじゃない? それに依頼主のプライバシー的にはどうなのかしらね。許可なんて取ってないでしょ」


「今の流れの現実には残ってないんだからフィクションに違いないさ。プライバシーには配慮してる。ちゃんと身元が割れないようキャラクターは変えてるからね」


つかつかとこちらに近寄ってくる狭間さん。


「それに」


私の頭をこつんと小突く。


「誰がそんなこと信じる?」


小突かれてハッとする。

冷静でいたつもりでも、私はそれを欠いていたらしい。

最初に自分で考えたことを忘れていた。

妄想と一蹴されて終わり、その通りだ。

自分の要望が通らない可能性を見て、私の心からかりそめの余裕が流れ出ていく。


「ねえ、そんな力があるなら。どうしてもっと人を救わないのよ。過去に飛べるんでしょ? 無敵じゃない。もっともっと幸せな未来にみんなを導いたらいいじゃない!」


力任せに私は叫ぶ。

また嘲るような笑みでも浮かべてるんだろうなと思い、彼の表情を確認すると、思いのほか、暗い顔をしていた。


「そう出来るならどんなにいいかね」


小さくつぶやく。

私はそれを見て冷静さを取り戻す。

そう。

もっといい未来を選ぶことが出来るはずなのだ。

無制限に過去に飛んで改変できるなら。

私のように面倒くさい女子高生が来ないように工作することなんて造作もない。

けれど彼はそうしない。

私を面白がっているからか、それとも。


「出来ない理由がある?」


一つの可能性に思い当たる。

どんな力も無敵じゃない、欠点が必ずあるはず。

そう言っていた物語を思い出す。

そう欠点があるなら、それはきっと。

先ほど見た依頼人との一部始終。

そこから導き出される条件は。


息を大きく吸って吐いて、私は呼吸を整える。

そして彼にする。


「私の家族を、助けて欲しい」


「その依頼、我が狭間探偵事務所がお受けします」


眩暈が、始まった。

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