死んだ僕と残された君。前日譚

@kanzakiyato

前日譚

僕が君と初めて出会った日は幼稚園の入学式だった。

同じクラスで、席も隣同士。僕が話しかけた時、少し人見知りな君は

照れていた。


「ねぇ、名前は?」

『水瀬 蒼弥。君は?』

「九条 愛。よろしくね!」

『...うん。よろしく。』


君は優しく微笑みながら言った。その笑顔に、今で言えば僕は惚れていた。

それからはずっと一緒に過ごした。

登園するときも、遊ぶときも、給食を食べるときも、ずっと、一緒に。


でもある日、僕は倒れてしまった。

君は目を丸くして、慌てたように僕に駆け寄る。

救急車で運ばれて、僕はそのまま入院することになった。

入院した次の日、君がお見舞いに来てくれた。


本当のことを伝えたかったけれど、君の泣いてる姿を見たくなくて、嘘を伝えた。

子供とは純粋なもので、君は僕がついた嘘を簡単に飲み込んだ。


月日は流れ、僕たちは小学生になった。もちろん、小学校も一緒だ。

小学1〜3年生の時は比較的倒れたり、病院に運ばれることがなかった。

でも、小学4年生の初夏、僕はまた倒れてしまった。

白血病が随分と進んでいたらしく、長期入院となった。


6月1日。僕の誕生日。そして、僕が余命宣告を受けた日。

主治医の先生が言うには、長くてあと3年、短くてあと半年の命らしい。


『長くて3年なら、卒業式は参加できますか?』

「君のその時の状況を見ないとなんとも言えないが、

 現時点では参加は不可能だし、外出もほとんどできないね。」

『わかりました。』


先生の診察も終わり、16時を回った頃だろうか。君が病室に来た。


「ねぇ、大丈夫?今回もすぐに戻ってくるよね?」

『ごめん。すぐには戻れない。』

「じゃあ、長期入院?」

『うん。そうなると思う。』

「卒業式は来れる?」

『今の状況じゃ無理だってさ。』

「そっか。ごめん、ちょっと飲み物買ってくるね。」

『いってらっしゃい』


廊下からすすり泣く声が聞こえる。

あぁ、君を泣かせてしまった。

あぁ、君を悲しませてしまった。

僕は罪悪感で心が潰れそうだった。

少し目を赤く腫らした君が水を渡してくれる。


『目、腫れてるよ?』

「え?あ、ほんとだ。ゴミでも入ったのかなぁ」


君は泣いていたことを誤魔化すように少し微笑みながら目を擦った。


「じゃあ、私これから習い事だから。またね」


そう言って君は病室を出て行ってしまった。

その日の夜、僕は後悔した。

意気地無しの僕は、今日もまた君に伝えられなかった。

暗くなった病室を、いつもより少しでかい月が照らす。

誰もいなくなった病室に、ひとり、ぽつんと呟いた。


『初めて会ったあの日から、ずっと好きでした。』


6年生の春。君と電車に乗って、遠くの人気ない山奥の神社に行った。

そこは桜が満開に咲いていた。


「またここに来よう?約束ね!」

『うん。約束。』


そう言って指切りをして君と約束を交わした。

しかし、その約束が果たされることはなかった。


卒業式の前日。僕はこの世に君を残して先に逝ってしまった。


君が泣いている。静かに僕の名前を呼びながら。

あの日見た桜の木の下で、生まれたての赤ちゃんみたいに泣いている。

君のことを慰めたくて手を伸ばす。でも、君のことを慰めることはできない。

なぜなら、死んでいるから。

泣かないで、笑って。そう言ってあげたいのに、

死んでいる僕は、その声すら君に届けることはできない。


「ありがとう。愛しているよ。」


あぁ、ほら。僕はまた後悔した。

君に、『好きだ』と、『愛している』と、伝えれなかった。

君は素直に愛していると伝えてくれたのに。

意気地無しの僕は、伝えてあげれなかった。


もし、次の人生があるのなら。

もし、次の人生で君に会えたなら。

その時は君に、愛している、と。

そう伝えよう。

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